鳥人間。 鳥人間コンテスト開催中止!2021年度に西川貴教がチームイナズマで参戦検討?

「鳥人間コンテスト2020」開催中止。新型コロナの影響

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オロンゴに彫られたマケマケの像 当初、イースター島では崇拝が行なわれていたが、1500年ごろ、イースター島において人口過剰、資源枯渇、食糧不足が発生したことによりモアイ倒しが始まり、内戦が散発的ながら発生することになった。 このため、モアイ崇拝は廃れることになり、古い神であるマケマケの信仰とタンガタ・マヌの儀礼が行なわれるようになった。 かつて行われた 鳥人の祭儀( 鳥人儀礼とも)は、この島に複数あった部族から、その年の支配者を選ぶものであった。 これは、神話上のこの島の人間の祖であるマケマケが鳥に導かれてこの島に来たことに基づいていたとされる。 1866年 まで行われたが、白人が支配権を持ったことで、実質的な意味を失い、行われなくなった。 伝承によると、マケマケは に導かれてこの島にたどり着き、その際に後のこの島の人々がこの鳥を殺さないように定め、鳥の繁殖の場としてオロンゴの絶壁の下の小島を指定した。 オロンゴに彫られた背中を丸めて卵を掲げる鳥人の像 これらの島においてグンカンドリ は南半球の春である9月から10月までに卵を産むが、この卵をいち早くオロンゴ岬へ持ち帰ったものがその年の鳥人となった。 祭事はグンカンドリ の最初のを確保するところから始まった。 7月には島内の各氏族の首長や代表、その従者たちがの麓の集会場に集まり、儀式を行ったという。 その後、断崖の下まで降り、で作られた浮きに少量の食物を持ち、対岸の小島に泳ぎわたる。 島に渡ったもの達は、そこで鳥が卵を産むのを待ち、最初の卵を発見したものが新たな鳥人となる。 彼が再び海を渡って戻ると、卵が奉納され、彼は身支度を調えて改めて卵を受け取り、それから一年を特別にしつらえられた小屋で過ごしたという。 その間、すべての食事は島の全住民が提供したと伝えられる。 この鳥人として選ばれた人の所属する村のマタ・トア(戦士)の長がタンガタ・マヌの称号を得る事になり、1年限定の王としてイースター島に君臨することになっていた。 なお、オロンゴ岬には鳥人儀礼用の岩屋が数多く存在しており、周辺にはマケマケや鳥人の像が150個以上、浮彫されている。 他の文化との関連性 [ ] ノルウェーの学者はこの鳥人をのにある太陽の門に掘られた鳥人と関連付けてイースター島との関連性を見出そうとしたが、これは様式的に違い現段階では否定されている。 それに対して、のにおいて見られる浮彫はその形式、表現はイースター島と同様なものであり、その他、を中心にした全域では鳥が崇拝されていた。 その他にも様々な根拠が存在するが、この鳥人の存在はイースター島の人々がヘイエルダールの唱える東からではなく、西から島に至ったとする説の補強材となっている。 オカルト的展開 [ ] イースター島の文化は的に解釈されたことが多い。 これは主としてモアイ像があまりに巨大であり、運んで立てるのが不可能に思われたのが大きいであろう。 伝承では像は立ち上がってしかるべき位置まで歩いたといわれ、現在ではこれは道具と人力で立ち上げ、その姿勢のままで運んだと考えるのが普通である。 しかし、これに超自然的な力を想定することが行われた。 これに、それらに付随する様々な伝承をあわせて、オカルト的な解釈が行われた例が多い。 たとえばモアイを立てたのは耳長族であり、これに短耳族が反乱した、という記述があり、これを短耳族が人類で、長耳族は宇宙からやってきたというような解釈である。 そういう中で、鳥人もまた宇宙人であるという解釈が取られた事もある。 これに派生して、の漫画作品(「」など)で鳥人が悪の宇宙人として登場した例もある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 木村重信著 『失われた文明を求めて』pp. 189-190. 190. フランシス・マジュール著、早津敏彦・服部研二訳、『イースター島の巨石文明』p. 112. フランシス・マジュール著、早津敏彦・服部研二訳、『イースター島の巨石文明』p. 114-121. 木村重信著 『失われた文明を求めて』p. 191. 木村重信著 『失われた文明を求めて』pp. 191-195. 参考文献 [ ]• フランシス・マジュール著、早津敏彦・服部研二訳、『イースター島の巨石文明』、 1972 、大陸書房• 木村重信著 『失われた文明を求めて』、(1994)、KBI出版.

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鳥人間コンテスト最高記録は?歴代最長距離更新の歴史に迫る!

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もくじ• 鳥人間コンテスト2020中止に西川貴教が来期参戦を示唆 西川貴教がチームイナズマで参戦検討? 毎年夏に琵琶湖で開催されていた恒例イベントの中止決定に、仕方なくも残念の声も出ています。 滋賀ふるさと観光大使である「西川貴教」さんは、今回の鳥人間コンテスト中止に残念の声をつぶやくも、来期への参戦を示唆したコメントをしています。 初夏の琵琶湖の風物詩といえば「鳥人間コンテスト」この大会を目指して頑張ってこられた皆さんを思うと本当に残念です… 共に滋賀を盛り上げる為に、来年「チームイナズマ」として鳥人間に参加出来ないか検討していきたいと思います。 鳥人間コンテスト 開催中止 — 西川貴教 TMR15 多くの人がこの大会に参加するために前年度からすでに準備をしていたようで、その方たちの無念と、コロナウイルスをの危機を乗り越えたいといった意志が伝わってきます。 スポンサーリンク 鳥人間コンテスト本来の予定日、場所は?過去にも中止? 2020年の鳥人間コンテストは開催中止が決定されまいたが、通常通りであれば7月25日お26日の2日間にわたって開催される予定でした。 また、開催場所は、例年通りの場所となる、滋賀県の琵琶湖で開催予定だった 開催中の理由としては、 外出自粛が要請される中、多くのチームで機体製作が難しく、安全性が十分に確保できないことや、チーム活動が感染リスクにさらされる恐れがあると判断した。 鳥人間コンテストは人力飛行機の滞空距離や飛行時間を競う大会で、この一番最初の大会は1977年に始まったとされています。 また、過去これまでにも中止されたことがあり、1997年には台風の影響で、2009年にはリーマン・ショックによる経済環境の悪化で中止されたことがあります。 鳥人間コンテストは毎回「松原水泳場」で開催がされており、今回も同水泳場での開催が予定されていました。 松原水泳場 〒522-0002 滋賀県彦根市松原町.

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第38回鳥人間コンテスト選手権大会の様子 (平成27年) ジャンル 出演者 を参照 エンディング を参照 製作 制作 (大会主催) 放送 音声形式 放送国・地域 放送期間 - - 現在 放送時間 毎年または 19:00 - 20:54 放送分 114分 回数 41 特記事項: 第1回のみ2週に渡って放送。 放送時間は第42回()現在。 第42回(2019年)現在の正式タイトルは『 スペシャル 鳥人間コンテスト選手権大会(西暦)』。 『 鳥人間コンテスト選手権大会』(とりにんげんコンテストせんしゅけんたいかい、英称: JAPAN INTERNATIONAL BIRDMAN RALLY)は、主催によるの滞空距離及び飛行時間を競う競技会。 現在の会場として使用されている にので第1回が開催されて以降、毎年7月にのを舞台に開催され、(第4回)以降は同市内にあるを会場としている。 その模様は、讀賣テレビ制作・でのとして放送されている。 参加団体や関係者からは、省略して「 鳥コン」とも呼ばれる。 初期のテレビ放送では、タイトルの頭に「 飛べ、栄光の大空へ! 」というキャッチコピーが付けられていた。 第34回()以降は「 飛ばなきゃならない理由(ワケ)がある! 」をキャッチコピーにしている。 当初は『』内の1競技として、同番組で第1回が放送され、第2回から単独番組となった。 尚、第1回は「 鳥人間コンテスト日本大会」(とりにんげんコンテストにほんたいかい)、第2回 - 第4回は「 鳥人間コンテスト世界大会」(とりにんげんコンテストせかいたいかい)というタイトルだった。 尚、「鳥人間」は讀賣テレビの(商標登録番号第4776282号)である。 また、第21回から第35回までの放送では、大会イメージソングを年替わりで設定していた(後述)。 参加チームについては、大会の規模が大きくなるにつれて、個人参加から大学のクラブ・サークル単位による参加が主流になっている。 学生時代にパイロットやスタッフとして当大会へ参加した社会人が「鳥人間OB」として独自にチームを結成したり、出身校や他チームにノウハウや経験を伝えたりすることも多い。 近年の放送では、日本以外の国から参加するチーム や、著名人が番組・所属事務所単位で挑戦するチームにも焦点を当てている。 2010年には、この年に創業80周年を迎えたが、創業記念事業の一環として大会に特別協賛。 『 Iwataniスペシャル 第33回鳥人間コンテスト選手権大会』(イワタニスペシャル だい33かいとりにんげんコンテストせんしゅけんたいかい)というタイトルで実施されるとともに、この大会から、社内で結成した「Iwananiクリーンエネルギーチーム」が他の出場者と同じ条件で滑空機部門に参加している。 岩谷産業は2011年以降も特別協賛を続けているため、同年以降の大会は、『 Iwataniスペシャル 鳥人間コンテスト(西暦)』(イワタニスペシャル とりにんげんコンテスト)として開催されている。 開催中止 [ ] 「」も参照 までの時点で開催を全面的に中止した年は、(第21回)、、の3回である。 1997年 が会場付近を直撃したため、大会史上初めての全面中止に至った。 2009年 前年の()発生以降に急速に悪化したにより讀賣テレビの広告収入が減少したことに加え、の設備投資などに伴う全社的な経費削減、安全性の向上を目的とした人力飛行機離陸用仮設プラットフォームの設計変更などを理由に中止に踏み切った。 しかし、大会の復活を望む意見が全国の出場希望者から讀賣テレビへ多数寄せられたことから、翌年より再開された。 2020年 の感染拡大を理由に全面中止となった。 歴史 [ ]• (52年) - 第1回を開催(・)、『』内で放送。 (昭和53年) - 第2回のダイジェストを、読売テレビ開局20周年記念番組として放送。 (昭和55年) - 会場を・に移す。 (昭和61年) - 滑空機部門と人力プロペラ機部門を分離。 (昭和62年) - コミックエントリー部門廃止。 (昭和63年) - 強風のため人力プロペラ機部門が中止。 (元年) - 人力プロペラ機部門が中止。 (平成2年) - 強風のため滑空機部門が中止。 (平成9年) - 直撃のため、大会史上初めて、全ての競技を中止。 (平成10年) - 2日間開催に移行。 (平成16年) - 天候不良の影響で、人力プロペラ機部門の競技が不成立(事実上の中止)。 (平成21年) - 経済状況の悪化を背景に、読売テレビがダイジェスト番組の制作を見直す方針を打ち出したため、開催自体を中止(正式な中止は初の事例)。 (平成22年) - 2年振りに開催するとともに、が協賛スポンサーに初参加。 (平成26年) - 人力プロペラ機ディスタンス部門の競技が不成立。 (平成30年) - 向けに大会当日のライブ配信を滑空機部門の一部で初めて実施。 直撃の影響で、人力プロペラ機部門の競技が不成立。 (元年) - 直撃の影響で、1日目の滑空機部門の一部と人力プロペラ機部門の一部を2日目に延期して開催。 (令和2年) - 新型コロナウイルスの感染拡大による国内各地でのの影響で多くのチームで機体の製作が困難になったり、機体の安全性が十分に確保できなくなる可能性があることから、開催自体を中止。 放送日・開催日 [ ] 大会と収録を毎回、7月下旬から8月上旬までの間に実施。 近年は、収録から1 - 2ヶ月後に、大会のダイジェスト番組を放送している。 回数 放送日 開催日 第1回 、 1977年 第2回 1978年 第3回 1979年 第4回 1980年 第5回 1981年 第6回 1982年 第7回 1983年 第8回 1984年 第9回 1985年 第10回 1986年 第11回 1987年 第12回 1988年 第13回 1989年 第14回 1990年8月4日 第15回 1991年8月3日 第16回 1992年8月1日 第17回 1993年 第18回 1994年7月30日 第19回 1995年7月29日 第20回 1996年 (第21回) () (1997年) 第22回 1998年7月31日 - 8月1日 第23回 8月28日 1999年7月30日 - 31日 第24回 2000年 - 29日 第25回 2001年7月27日 - 28日 第26回 2002年7月27日 - 28日 第27回 2003年7月26日 - 27日 第28回 2004年7月31日 - 8月1日 第29回 2005年 - 第30回 2006年 - 第31回 2007年7月28日 - 29日 第32回 2008年7月26日 - 27日 は開催中止 第33回 2010年7月24日 - 25日 第34回 2011年7月30日 - 31日 第35回 2012年7月28日 - 29日 第36回 2013年7月27日 - 28日 第37回 2014年7月26日 - 27日 第38回 2015年7月25日 - 26日 第39回 2016年7月30日 - 31日 第40回 2017年7月29日 - 30日 第41回 2018年7月28日 第42回 8月28日 2019年7月27日 - 28日 は開催中止• 放送日は日本テレビでの放送日を示す。 第21回大会の開催を予定していた1997年には、が開催地を直撃したため、大会史上初めて全ての競技を中止した。 放送当日は、「大会中止ドキュメント」と「過去20回のダイジェスト」を讀賣テレビ本社スタジオから生放送。 女性司会者として競技の収録に立ち会う予定だったに代わって、が司会を務めたほか、競技へのエントリーを予定していたをゲストに迎えた。 2009年には、前述した事情から、大会の開催自体を見送った。 2018年の第41回大会については、例年と同じく、2日間の開催を予定していた。 しかし、2日目(7月29日)にの接近が見込まれたことから、2日目の開催を中止。 当初2日目に実施する予定だった「人力プロペラ機部門」を1日目(28日)に急遽組み込んだが、天候不良の影響で途中から競技を続けられなくなったため、競技不成立とみなされた。 歴代イメージソング [ ] この節のが望まれています。 年 回数 曲 アーティスト 備考 1996年 第20回 1997年 第21回 大会が台風9号による荒天のため中止となった影響で、本曲はシングルとしての発売が見送られた。 1998年 第22回 大会開催前の人力プロペラ機ディスタンス部門の記録が9,761. 56mであり、タイトルを「1万メートルの景色」としたが、この大会の記録は23,688. 24mであった。 2006年 第30回 2007年 第31回 元はのイメージソング。 2015年 第38回 2016年 第39回 2019年の第42回大会では、鳥人間応援ソングとして「飛んでみよう! 鳥人間! 」を採用。 この曲に合わせたオリジナルダンスの動画投稿を限定で受け付けた後に、投稿された動画から優秀作品を『シノビーと、おさんぽ』(読売テレビの関西ローカル向け)で放送する企画「鳥人間ダンスコンテスト」も実施している。 2009年開催中止の余波 [ ] 讀賣テレビの広告収入の減少及び設備投資による制作費の見直しによって2009年の開催は中止となったが、正式な発表後にエントリーを予定していたチームや長年大会を応援してきたファンや視聴者から多数の問い合わせや応援の声、抗議などが読売テレビに寄せられた。 中には寄付金を募るから開催して欲しいという声が寄せられたほか、毎年参加して記録を更新しているチームがライバル同士という垣根を越えて連絡を取り合うといった事例が報告されている。 これらの声に応えるため、讀賣テレビ及び鳥人間コンテスト実行委員会は2010年の開催を決定した。 なお、鳥人間コンテスト選手権大会は毎年の夏の一大イベントとなっていることから、彦根市は2009年の開催中止を受けて『バードマン・サマー2009』を開催し、鳥人間検定、大会の歴史をたどるパネル展示、づくり教室などの催しが行われた。 終了後は、毎年秋の番組改編期(主に平日が中心)に単発特別番組として放送されている。 番組VTRについては、基本として制作局の読売テレビ(ytv)が大阪の本社から送出しているが、過去には東京のが送出を担当したことも数回ある。 の第5回は、ではプロ野球対戦ののため(土曜)午後の遅れネットとなった。 に3年ぶりとなる単発特別番組枠『』が木曜19:00 - 20:54に編成され、当番組と同じくytvが制作している『』と同様に同枠で放送されたが、は19時台がytv制作枠(『月曜19時アニメアワー』、後の『』)にあたるに放送された。 は開催中止のため、放送されなかった。 ・はに放送されたが、は2008年以来4年ぶりに月曜日で放送された(月曜20時台が日本テレビ系同時ネット枠となるでも同時ネット)。 以降はに放送されている。 一方でに放送されたことは一度もない。 また、2007年からではも実施している。 2008年からは従来の通常番組のスポンサーから特別セールスに変更され、2010年ではが特別協賛社になったことに伴い岩谷産業をメインとした複数スポンサーとなった。 2003年は当時が首位だったため、ytvはローカルで阪神戦を放送し、本番組は後日に改めて放送された(讀賣テレビ以外の系列局(を除く)は「」の形で通常通り放送された)。 2006年にはイメージテーマソングにの『風になって』を起用し、第30回を記念して『鳥人間コンテスト 30th ANNIVERSARY DVD-BOX』が同年10月6日に発売された。 放送の間には飛行機が残って飛行士だけフライト台から転落してしまう、風にあおられたプロペラ飛行機が180度旋回して順番待ちの飛行機に衝突して壊してしまうなどハプニングも多々あった(これらの飛行士はいずれも失格となった)。 の・・へのネットの有無は、放送される曜日の枠やスポンサーセールス等の関係上年度により異なる。 福井放送ではクロスネットに該当する時間帯が限定的なため基本的に毎回同時放送を行っている。 2012年は放送日が月曜日に当たったため、以上の3局では同時ネットを実施した。 2015年にはテレビ宮崎が、フルネット局での放送日(水曜日)の深夜(日付の上では翌日)に時差ネットで放送している。 日本テレビ系列局のないでは、がに『鳥人間コンテスト2015』を放送。 日本テレビ系列局での本放送から8か月後の放送であった。 2017年には、地上波でに第40回のダイジェスト番組を放送したほか、CS放送ので第32回()・第34回()・第35回()・第38回()のダイジェスト番組を再放送。 制作局のytvでは、第40回のダイジェスト番組で公開しなかったシーンを中心に構成した特別編集版を、本放送の11日後()の15:25 - 17:00に放送している。 2018年には、ytvの開局60周年特別企画として、にダイジェスト番組を放送した。 ルール [ ] 大会のルールは毎回少しずつ改定されており、毎年公式ルールブックが発行される。 主な規定には発進時の規定、プラットフォームの標準数値、競技エリア、機体に対する制限などがある。 初期はハンググライダーの改良型程度だった参加機も徐々に高性能化が進み、新型機の登場や大記録が出るとその都度ルールの改定が行われている。 大会に出場する機体は、書類審査によって決定される。 第37回大会(2014年)までは、フライト中のパイロットの表情や声を放送に反映させる目的で、出場許可の下りた機体の一部に番組スタッフがオンボードカメラとボイスレコーダーを装着していた。 第38回大会(2015年)からは、装着の対象を出場全チームの機体に拡大。 この拡大を機に、出場を希望するチームには、書類選考で提出する機体の設計図にオンボードカメラの装着位置を記載することを求めている。 出場許可の下りた機体には、審査の合格を示す「OK」 のステッカーを配布。 このステッカーを貼った機体のみ、大会へ出場できる。 失念してしまい貼っていなかった場合や、故意に剥がすなどでステッカーの欠落が発覚した場合は失格となる。 機体の発進はプラットフォーム上の審判員が 「ゲート、オープン! 」と言って白旗を上げれば可能となる。 下述するとおり、白旗が上がっていない時に発進すると、不正スタートとみなされて失格となる。 失格・措置 機体の発進の際に白旗が上がったことを確認せずに不正スタートした場合、危険な飛行と審査員が判断した場合や勧告無視の場合、飛行距離が限界に達し中止の勧告に従わなかった場合(後述)、プラットフォームから競技者およびその補助者が転落(競技者が2人以上の場合は誰かが転落、故意による落下・落水行為も含む)した場合、陸上に墜落した場合、飛行中に部品等が落下した場合は飛行距離に関係なく失格となる。 機体がプラットフォームへ到達し、離陸態勢に入る直前に、不運にも致命的な不具合が生じた場合は、審判長が競技者およびその補助者に勧告し、納得させた上で機体を湖上に落とす措置を指示することができる。 納得行かない場合は機体を引き揚げることも可能。 この場合、勧告を受けたチームは棄権として記録される。 プラットフォームを離陸後、何らかのアクシデントでパイロット(競技者)が機体から転落した際は、その転落地点が公式記録となる(機体がその先まで飛行しても、その距離は記録されない)。 スタート直後の墜落や測定に支障の生じた場合は、記録は測定不能となる。 この場合は会場の電光掲示板には「0m」と表示され、場内アナウンスでは「測定不能」と放送される。 機体を撃墜しようとする妨害行為も禁止され、行った場合は重い処分が科せられる。 この際の経緯は以下の通りである。 まず東北大(この年3位)が進路を北に向け対岸まで達したが、安全を考えそこで着水させた。 日本大チームは、1位を狙い、北より長距離飛べる南へと進路を向けた。 その結果、当時の最長地点にあたる琵琶湖大橋付近までの飛行に成功。 だが、琵琶湖大橋付近への到着は当時の運営の想定外であり 、しかも、パイロットの体調に問題なく、高度も安定していたため、本来失格となる琵琶湖大橋通過の可能性が浮上しつつあった。 そのため、運営は安全を重視し、急きょ機体を着水させる勧告が出された。 しかし、パイロットは納得がいかず、そのまま通過する意気込みで飛行していたが最終的に説得に応じ着水。 本来は最初の勧告無視の時点で、規則違反で失格となっていたが、新記録であったことや琵琶湖大橋到着まで若干の猶予があったため、説得が認められ、運営による失格の判断も保留となっていた。 その後に東工大も同様に南へと進路をとり、1位には及ばなかったが2位。 この時、運営は想定より長距離になった場合の飛行を考慮していないという問題が露呈した。 そう言った経緯から、折り返し飛行のルールが登場した。 制式決定前には「25km地点で折り返すことで、50km飛行も可能」という情報も流れたりしたが 、最終的に第28回()から「18km地点(沖島)での折り返しを認める」というルールの制定で落ち着いた。 折り返し飛行のルールだが、第28回を例とした場合、18kmを超えると大音響のサイレンが鳴り折り返しが可能になり、往復に成功すれば、第27回を上回る36kmの最長記録が出せるようになるというものである。 なおこれは折り返しを義務付けるものではなく、従来通り琵琶湖大橋や琵琶湖北端に向かうことも可能である。 この場合の記録は、単純にプラットフォームからの距離となる。 琵琶湖大橋越え・潜りや地上飛行は失格となるため、手前で飛行を打ち切らなければならないので折り返した場合より最長記録は短くなる。 しかし気象条件などにより折り返しはリスクが高い場合もあり、参加者の判断が勝敗を左右することになる。 長距離飛行に備えて第28回から18km地点の折り返し飛行が導入されたが、折り返しには成功しても完全制覇者はなかなか現れなかった。 しかし、遂に第32回()にて、学生チーム「東北大学 Windnauts」が18km地点の折り返し飛行に成功し完全制覇。 この時は折り返し実施後、プラットフォーム付近へ到着し設定されたエリアに着水させてゴールとした。 これ以降、ルール面では、スタートでの再度の折り返しは認めず、その時定められた折り返し地点での旋回に成功しプラットフォーム付近への着水をもって「ゴール=大会記録」という方針が確立されることとなった。 距離については第36回大会()以降は、20km地点を折り返し地点に変更し、第32回の記録を上回れるようにした。 ただし、完全制覇は滅多に出ないことから、従来通り最長距離を飛行したチームが優勝となるのが基本である。 第40回大会()では、社会人チーム「BIRDMAN HOUSE伊賀」パイロットの渡邊悠太が、20km地点の折り返し飛行のルール下で初めて40km完全制覇に成功。 大会記録(放送上は「40km完全制覇」)に認定された。 この時には、以下のルールを適用したうえで、「BIRDMAN HOUSE伊賀」の優勝を確定させている。 渡邊を乗せた機体が折り返しに成功した末に、プラットフォーム付近まで到達したため、設定されたエリアでの着水によってゴールと認定した。 渡邊の後にも数チームが飛行を予定していたため、以降に飛行したチームのパイロットが40km完全制覇を達成した場合には、渡邊の飛行時間(フライトタイム)から1秒でも下回ることを逆転優勝の条件に定めていた。 しかし、該当するチームが出なかったため、全出場機のフライト終了後に「BIRDMAN HOUSE伊賀」の優勝が確定した。 第41回大会()からは、一筆書きによって三角形を描くようなルートで最長60kmまで飛行することを想定したうえで、プラットフォームの北方に位置する竹生島にも折り返しポイントを設定。 プラットフォーム - 竹生島間(19km)を「北ルート」、プラットフォーム - 沖島間(20km)を「南ルート」として、ルートと折り返しポイントを全て通過したうえでプラットフォームへ帰還できた場合に「60km完全制覇」と認定する。 ただし、この大会では、台風12号の影響で競技が成立しなかった。 第42回大会()では、ルート変更後初めて競技が成立。 社会人チーム「BIRDMAN HOUSE伊賀」パイロットの渡邊悠太が60km完全制覇に成功したことから、大会記録(放送上は「60km完全制覇」)と認定された。 渡邊は、上記の事情で第41回大会への出場を辞退していたが、この記録によって大会史上初の2連続完全制覇も成し遂げた。 放送や救助のため同時に複数の機体は飛ばせない。 ルール変更のたびに航続距離が伸びているため待ち時間が非常に長くなる場合がある。 賞金・優勝賞品 大会の部門ごとに、優勝チームへ100万円、2位のチームへ30万円、3位のチームへ20万円が贈られる。 2010年からは、スポンサーの岩谷産業が、自社製品の一部を優勝チームの副賞に提供している。 以前は、大会事務局から優勝チームに対して、海外旅行の目録が贈られていた。 大会の競技部門 [ ] 人力飛行機の技術開発の進展や番組の放送形態の変化に伴い、競技部門は開催年度によって大きく変化している。 第1回:競技部門(飛距離を競う)のみ• 第2回 - 第9回:競技部門、コミックエントリー(飛距離を競わず、面白い飛び方を競う)• 第10回・第11回:滑空機部門、人力プロペラ機部門、女性パイロット部門、コミックエントリー(第11回は中止)• 第12回 - 第14回:滑空機部門、人力プロペラ機部門、女性パイロット部門• 第15回 - 第18回:滑空機部門、人力プロペラ機部門• 第19回・第20回:滑空機部門、人力プロペラ機部門、レディース部門• 第21回 - 第23回:滑空機部門、人力プロペラ機部門、チャレンジ部門(飛距離だけでなく機体デザイン・コンセプトなどを総合的に競う)• 第24回:滑空機部門、人力プロペラ機部門• 第25回 - 第27回:滑空機部門、人力プロペラ機部門、人力ヘリコプター部門(第25回は参考競技)• 実際にまともな飛行性能はなかった。 その後、飛距離が伸びる人力プロペラ機が出現し、第10回()に競技部門は滑空機部門と人力プロペラ機部門に分けられ、以後は滑空機と人力プロペラ機は一緒に競技することはなくなった。 第28回()から滑空機部門については機体の制限値がある「フォーミュラ」と、それがない「オープン」の2つのクラスに分けて行う。 人力ヘリコプター部門についてはプラットフォームから安全な離陸ができない恐れを考慮し、第27回()をもって廃止された。 人力プロペラ機部門では第27回(2003年)で34kmの限界点に達したため、第29回()からは18km地点での折り返しが導入された。 当初は前回の第28回(2004年)でのルール変更の予定だったが、天候不良により人力プロペラ機部門が競技不成立だったため、事実上この回からのルール変更となった。 第32回()大会では36kmの限界点に達した為、第33回大会()から20km地点での折り返しに変更された。 第40回大会 で、渡邊悠太が40kmの限界点に初めて到達。 第41回大会 からは、最長60kmのフライトへ対応できるように、折り返し点を2ヶ所に増やしている。 人力プロペラ機タイムトライアル部門は所定のコース(往復コース)をフライトするのに掛かった時間を競うもので、第30回()において初めて実施された。 第32回(2008年)までは1km地点で折り返すルールだったが、いずれの大会も完走できたのは1チームのみであった。 第33回()より、半分の500m地点での折り返しに変更され、初めて複数のチームが完走した。 各大会の優勝者・記録 [ ] 各部門の太字になっている記録は現在の大会記録。 滑空機部門 [ ] 回数 開催日 記録 優勝 備考 操縦者 所属団体 第 01回 1977年7月 02日 082. 44m 岡良樹 東京ハングライダークラブ 優勝機設計は (設計者) 第 02回 1978年7月21日 079. 78m 大平英二 ニューウィングス 第 03回 1979年7月20日 088. 53m 島根俊夫 日本自作航空機連盟 第 04回 1980年7月19日 101. 60m 鈴木正人 日大駿河台航空研究会 第 05回 1981年8月 08日 095. 83m 菊池守男 車山ハンググライディング 第 06回 1982年8月 07日 144. 00m 村山智彦 理工学部航空研究会 第 07回 1983年8月 06日 162. 62m 岡崎利彦 日本フライングクラブ 第 08回 1984年8月 04日 163. 03m 楠正彰 (個人での出場) 第 09回 1985年8月 03日 290. 45m 石本豪 豊田飛行愛好会 第10回 1986年8月 02日 158. 38m 柴野敏彦 POINT ONE MILE 第11回 1987年8月 01日 176. 71m 木島明良 フリーフライト 第12回 1988年7月30日 261. 90m 糸谷浩 西富士友の会 第13回 1989年7月29日 205. 10m 佐々木正司 TOA鳥人間の会 第14回 1990年8月 04日 記録なし 台風に伴う強風のため中止 第15回 1991年8月 03日 318. 75m 木島明良 フリーフライト 第16回 1992年8月 01日 232. 08m 中村克 第17回 1993年7月31日 248. 31m 栗野けんじ 人力飛行機研究会 第18回 1994年7月30日 329. 83m 佐々木正司 TOA鳥人間の会 第19回 1995年7月29日 274. 72m 佐々木正司 TOA鳥人間の会 第20回 1996年7月27日 300. 36m 佐々木正司 TOA鳥人間の会 第21回 1997年7月26日 中止 台風9号による荒天のため中止 第22回 1998年7月31日 - 8月 01日 364. 08m 福森啓太 チームハマハマ 第23回 1999年7月30日 - 31日 345. 53m 雨宮健一 夜鳥の会 第25回 2001年7月27日 - 28日 417. 26m 阿知波哲史 チームTINKER 第29回 2005年7月16日 370. 41m 河原井悠 上智大学 Flying Turkeys 第35回 2012年7月28日 501. 03m 大木祥資 みたかもばら下横田 第38回 2015年7月25日 373. 75m 石丸隆宏 鳥人間チーム 第39回 2016年7月30日 443. 80m 大木祥資 みたかもばら下横田 第40回 2017年7月29日 440. 37m 佐藤光 津田沼航空研究会 学生チームの最長飛行記録で初優勝 第41回 2018年7月28日 446. 42m 熊倉賢人 日本大学生産工学部津田沼航空研究会 前年に達成した学生チームの最長飛行記録を更新 第42回 2019年7月27日 - 28日 327. 72m 内田啓介 Umeda Lab. (OBチーム) 台風6号直撃による天候不良の影響で1日目は競技途中で中止。 残りのフライトは2日目に延期された。 タイトル:第28回・第29回 「滑空機部門オープンクラス」• 女性のパイロットによる最長飛行記録は、MaPPLの須永夏帆(第39回大会準優勝)が記録した392. 06m。 滑空機部門フォーミュラクラス [ ] 回数 開催日 記録 優勝 備考 操縦者 所属団体 第28回 2004年7月31日 - 8月 01日 030. 79m 漆山雅史 TEAMフライング朱鷺 第29回 2005年7月16日 050. 77m 谷川英樹 鳥人間研究会 第30回 2006年7月22日 157. 37m 竹内彰 創価大学鳥人間研究会 第31回 2007年7月28日 151. 31m 瀬戸うらら Team Ocean Man 第32回 2008年7月26日 140. 57m 石原直人 体育会航空部 人力プロペラ機ディスタンス部門 [ ] 回数 開催日 記録 優勝 備考 操縦者 所属団体 第10回 1986年8月 02日 0 0512. 20m 田中紀彦 Team Aeroscepsy 第11回 1987年8月 01日 0 0435. 56m 上田稔 日本大学理工学部航空研究会 第12回 1988年7月30日 記録なし 午後から強風のため中止 第13回 1989年7月29日 記録なし 台風に伴う強風のため中止 第14回 1990年8月 04日 01,810. 54m 小林稔 日本大学理工学部航空研究会 第15回 1991年8月 03日 0 0500. 20m 阪本佳久 日本大学理工学部航空研究会 日大バードマンOBチーム 第16回 1992年8月 01日 02,019. 65m 中山浩典 チームエアロセプシー 第17回 1993年7月31日 02,180. 78m 野呂元紀 日本大学理工学部航空研究会 第18回 1994年7月30日 02,371. 65m 宮脇康成 日本大学理工学部航空研究会 日大バードマンOBチーム 第19回 1995年7月29日 08,764. 00m 中山浩典 チームエアロセプシー 第20回 1996年7月27日 09,761. 56m 中尾誠 堺・風車の会 第21回 1997年7月26日 中止 台風9号直撃のため全面中止 第22回 1998年8月 01日 23,688. 24m 中山浩典 チームエアロセプシー 大会初の琵琶湖横断に成功 第23回 1999年7月31日 04,913. 46m 大倉彰浩 大阪府立大学 堺・風車の会 第24回 2000年7月28日 07,945. 85m 嘉藤伸一 大阪府立大学 堺・風車の会 第25回 2001年7月28日 03,823. 70m 成相健太郎 Meister 第26回 2002年7月28日 06,201. 74m 梶原聖太 東京工業大学Meister 第27回 2003年7月27日 34,654. 10m 平綿甲斐 日本大学理工学部航空研究会 琵琶湖大橋まで到達し強制着水。 準優勝の田中宗介 東京工業大学Meister の32,177. 99m、3位の中谷好博 東北大学Windnauts の24,823. 01mも共に前回までの大会記録を更新。 東北大学は北ルート制覇。 第28回 2004年8月 01日 0 0944. 11m 渡邊峰生 WASA 18チーム中半数が天候不良でフライトできず、競技不成立。 第29回 2005年7月17日 22,813. 05m 田中丸真輔 日本大学理工学部航空研究会 初の18km折り返し成功。 初めて折り返しラインを越えたのは2年前に続き2回目の準優勝となる田中宗介 COOLTHRUST。 第30回 2006年7月22日 28,628. 43m 宮内空野 Windnauts 宮内は、11年後(2017年)に開かれた第40回大会にもROKKO WORKS(東北大学OBが中心の社会人チーム)のパイロットとして出場すると、第30回大会の自己記録を上回る30,221. 54mで準優勝。 第31回 2007年7月29日 03,998. 51m 山田洋平 東京工業大学Meister 第32回 2008年7月27日 36,000. 00m 西脇渉 東北大学Windnauts 18km折り返しルールの下で、初めて往復に成功。 第33回 2010年7月25日 18,556. 82m 宮本翔 東京工業大学Meister 第34回 2011年7月31日 18,687. 12m 中村拓磨 東北大学Windnauts 第35回 2012年7月29日 14,129. 34m 谷口周平 東北大学Windnauts 前年度の機体と複合した復元機を、大会後からで常設展示中。 仙台市科学館(3階) 第36回 2013年7月28日 20,399. 24m 斎藤圭汰 東京工業大学Meister 第37回 2014年7月27日 01,849. 41m 佐々木颯清 東北大学Windnauts 強風と雨による天候不良のため、競技不成立。 第38回 2015年7月26日 35,367. 02m 松島昴汰 東北大学Windnauts 2位の日本大学理工学部航空研究会も折り返しに成功(記録は22892. 36m) 第39回 2016年7月31日 21,415. 53m 山﨑駿矢 日本大学理工学部航空研究会 第40回 2017年7月30日 40,000. 00m (1時間38分20秒) 渡邊悠太 BIRDMAN HOUSE伊賀 右旋回を経て往復成功(40km完全制覇)によって大会最長記録を達成。 第41回 2018年7月28日 02,347. 58m 越野陽也 東北大学Windnauts 台風12号の接近に伴う強風の影響で、フライト中に機体の主翼が突然折れて着水するチームが続出したため、8チームのフライトを残した状況で競技不成立。 第42回 2019年7月28日 60,000. 00m 渡邊悠太 BIRDMAN HOUSE伊賀 台風6号直撃の影響で、1日目のフライトは中止。 競技不成立だった前回を挟んで実質2連覇を達成。 史上初の2度目の完全制覇を達成。 タイトル:第10回 - 第29回 「人力プロペラ機部門」 人力プロペラ機タイムトライアル部門 [ ]• 第30 - 32回(1km折り返し(全長2km)) 回数 開催日 記録 優勝 備考 操縦者 所属団体 第30回 2006年7月23日 7分02秒61 中山浩典 チームエアロセプシー 30回大会唯一の完走者 第31回 2007年7月28日 4分37秒62 野口雅弘 大阪府立大学 堺・風車の会 31回大会唯一の完走者 第32回 2008年7月26日 5分10秒00 宮本大地 大阪府立大学 堺・風車の会 32回大会唯一の完走者• 第39回 2016年7月30日 1分46秒11 伊藤誠一朗 名古屋大学AirCraft レディース部門 [ ] 回数 開催日 記録 優勝 操縦者 所属団体 第10回 1986年8月 02日 092. 83m 上田みゆき TEAM TONDORUDO 第11回 1987年8月 01日 094. 27m 相良美幸 TOA鳥人間の会 第12回 1988年7月30日 103. 80m 笠原朋子 みたか飛行少女の会 第13回 1989年7月29日 225. 90m 宮崎祥代 チームアクティブギャルズ 第14回 1990年8月 04日 064. 41m 長岡美子 東みたかアドベンチャーグループ 第19回 1995年7月29日 189. 01m 鋤柄千穂 鳥人間チーム 第20回 1996年7月27日 264. 66m 吉澤祐子 沿岸驚備隊• タイトル:第10回 - 第14回 「女性パイロット部門」• 以上の部門が廃止されてからも、女性パイロットが男性と同じ部門・条件で出場することがある。 人力ヘリコプター部門 [ ] 回数 開催日 記録 優勝 備考 操縦者 所属団体 第25回 2001年7月27日 6秒30 上岡健治 東大阪トライズ 参考競技 第26回 2002年7月27日 4秒07 Rodney Bordallo 東大阪青年会議所トライズ 第27回 2003年7月26日 2秒89 西山雅也 ドボン会 事故 [ ] 2007年の第31回大会において、九州工業大学の女性パイロットが離陸直後に落下して負傷し、という後遺症を患うことになった。 このため、一時はほとんどベッドから起き上がれない状態となったものの、その後の治療やリハビリにより1日8時間くらいは動ける状態になったが、日常生活が困難となった。 この女性パイロットは2013年に、「読売テレビ」と当時籍を置いていた「九州工業大学」、人力飛行機を制作した「サークルの顧問」、リーダーや設計責任者や製作責任者などの「幹部学生ら5名」を相手取り、合計4305万8800円の支払いを求める裁判を起こしている。 なお2019年現在、まだ訴訟は終っていない模様である。 放送への出演者 [ ] 男性司会者• 桂三枝(現在の)• :第26 - 31回(2002年 - 2007年)• :第32回(2008年)・第34回 - 第41回(2011年 - 2018年)• :第32回(2008年)• :第33回(2010年)• :第34回 - 現在(2011年 - )• :第34回(2011年)• :第35 - 36回(2012年 - 2013年)・第40回 - 第41回(2017年 - 2018年)• :第35回 - 41回(2012年 - 2018年)• :第42回 - (2019年 - ) 女性司会者 大会によっては、プラットフォームでのパイロットインタビュアーを兼ねることがある。 :第11回(1987年)• :第12回(1988年)• :第13回(1989年)• :第14回(1990年)• :第19回(1995年)• :第21回(1997年)• :第22回(1998年)• :第23回(1999年)• :第24回(2000年)• ・:第25回(2001年)• ・:第26回(2002年)• ・:第27回(2003年)• :第28回(2004年)• :第29回(2005年)• ・:第30回(2006年)• :第31回(2007年)• :第32回(2008年)• ・ :第33回(2010年)• ・:第34回(2011年)• ・:第35回(2012年)• ・:第36回(2013年)• ・:第37回(2014年)• ・:第38回(2015年)• ・:第39回(2016年)• :第40回(2017年)• :第41回(2018年)• 羽鳥慎一(実況。 以降の大会ではダイジェスト番組のVTRナレーターに専念していたが、第41回でライブ配信向けに実況を再開した。 (読売テレビアナウンサー、VTRナレーター)• (日本大学名誉教授) - 解説• (読売テレビアナウンサー)• (フリーアナウンサー) - 『びっくり日本新記録』時代から、第23回(1999年)まで実況を担当。 (読売テレビアナウンサー) - 脇浜がコンテンツ事業部へ異動していた第39回大会で、出場チーム紹介・記録アナウンスを担当。 (出演当時は読売テレビアナウンサー)• (出演当時は読売テレビアナウンサー)• (出演当時は読売テレビアナウンサー)• (第40回までVTRナレーターを担当)• (東京大学名誉教授、航空機事故調査委員会委員長)• (航空評論家)• (第40回のスペシャルゲスト)- 当コンテストを題材に製作された実写映画『』に主演• (、第41回の滑空機部門ゲスト) - 三四郎での相方であるが、滑空機部門にパイロットとして出場したこと()に伴って出演。 第41回大会までは、に所属するを応援席のリポーターに起用している。 第40回大会では(橋本直・鰻和弘)、第41回大会では(濱家隆一・山内健司)がリポートを担当した。 著名人の参加 [ ] 上記の出演者以外にも、毎回数名のタレントや芸人が、ゲストや注目チームのリポーターとして出演。 パイロットでは、のが第11回 - 第13回(1987年 - 1989年)に九州大学チームの一員として参加したほか、以下の芸能人も出場している。 :第19回 ・第20回(1995年・1996年)・第23回(1999年) - 第21回(1997年)もエントリー• :第20回(1996年)• :第23回・第24回(1999年 - 2000年)• :第26回(2002年)• :第27回(2003年)• ():第28回(2004年)• :第29回(2005年)• :第31回(2007年) - 元ボクシング世界王者(初の格闘技選手パイロット)• :第32回(2008年)・第33回(2010年)- 自身が司会を務める『』(ytv制作)の美術スタッフが製作した機体で滑空機部門に出場。 大木祥資がアドバイザーを務めた。 第32回で飛行した301. 30mは、芸能人パイロットとしての最長記録である(2018年の第41回終了時点)。 :第34回・第35回(2011年 - 2012年)- 第34回の人力プロペラ機部門へ初出場。 第35回では、吉本興業の創業100周年記念を兼ねて出場した「チーム吉本百周年」のパイロットとして、滑空機部門へ出場。 初参加ながら、女性パイロットとしては大会史上最長の飛行距離(840. 90m)で同部門の3位に入った。 ():第37回(2014年)・第38回(2015年) - いずれも、『』(日本テレビ制作)の企画「スーパーサラリーマン」の一環として滑空機部門に出場。 宮根の出場時と同じく、大木がアドバイザーを務めた。 ():第41回(2018年) - 滑空機部門の常連で、福森啓太が率いる「チームハマハマ」のパイロットとして、「三四郎・小宮 with チームハマハマ」名義で同部門へ出場。 記録は192. 63m(滑空機部門4位)で、「出場のきっかけになった」という鈴木のフライトでの最高記録(191. 85m)を上回った。 その他には、著名なレーシングカーデザイナーでもあるの子息もパイロットで参加している。 また、第35回の「チーム吉本百周年」では、間の後輩に当たる漫才コンビ(、、かまいたち、、、銀シャリ、、)が機体の製作に協力。 第36回(2013年)の滑空機部門には、同部門の新記録に挑戦すべく、人力に複数のを併用した設計の滑空機が参考記録扱いの「特別枠」で登場した(記録は99. 80m)。 前述したように、銀シャリとかまいたちは、後の大会のダイジェスト番組にも応援席のリポーターとして参加している。 スタッフ [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年8月) 第42回(2019年) [ ]• 後援:• 特別協賛:(第33回-)• 協賛:エクスペリメンタル航空機連盟、、• 協力:滋賀県、彦根市/彦根市松原漁業協同組合、沖島漁業協同組合、UPスポーツ、マリン、E. 制作協力:• 技術/TD:池見憲一(ytv、第42回、第26回はGPS測定、第29,32,33回はGPS、第37-39回はVE、第41回はTD)• VE:窪内誠(ytv、第40,42回、第26回は照明、第35-37回はヘリコプター)• ヘリコプター:三ツ屋貴友(ytv、第41回-)、土井政亜(第42回)• オンボードカメラ:脇阪祐司(第42回、ytv Nextry)• マイクロ:福場清正(ytv、第42回、第38-40回はヘリコプター)• 特殊撮影(第39回から復帰):岡田和也(第42回、ytv Nextry)• GPS:松田慎一郎(ytv、第36回-)• 音声:鈴木直人(ytv、第39回-)• 照明:奥嶋駿介(ytv、第42回)• 技術特別協力(第42回):(第42回、第41回は技術協力)• 編集:浅田邦裕(第41回-)・鍬田峻史(第40回-)(2人共フリー・フォーム・カンパニー)、明石健二・井上ちひろ(2人共、第34回-マウス)• 音効:副島圭祐(第41回-、ytv Nextry)• MA:六車誠(第34回-、ytv Nextry)• 美術:山本真平(ytv、第33,34,37回-、第35,36回はデザイン)• 進行統括:長瀬靖(、第37回-、第29,31-36回は美術進行)• 美術進行:加賀谷寿雄(高津商会、第40回-)• 美術協力:高津商会、グリーン・アート、公成建設、西尾レントオール、A. 審査委員長:濱尾豊(第34回-)• 副審査委員長(第42回):佐々木正司(第34-41回は審判長)• 審判長:中山浩典(第41回は審査員)• テイクオフディレクター(第42回):外村仁克(第42回)• 大会事務局長:大城雅治(読売テレビエンタープライズ、第40回-、第35-37回までは大会事務局進行)• ナレーション:、(ytvアナウンサー)(共に第42回)• 構成:村井聡之(第34回-)• 編成 第38回,第40回- :相島良樹(ytv、第40回-)• チーフプロデューサー:竹綱裕博(ytv、第41回-、第39,40回はプロデューサー)• 制作著作:ytv(讀賣テレビ放送) 過去のスタッフ [ ]• 協力:トヨタびわ湖荘(第26,29回)、里根漁業協同組合、西尾レントホール(第26,29,31,32回)• 技術:徳久多久美(第26回)、北條吉彦(第29,31,32回)、廣畑秀史(第36,37回)、小椋敏宏(第38回) 、藤井義行(第33,34回はカメラ、第35,36回はSW、第37,38回はTD、第39回)、平松雅之(第34,35回、第31,32回はSW)(全員ytv)• TD:小野木晋(第31,32回)・坂口拓磨(第33回、第26回はカメラ)・三村将之(第26回はミキサー、第35,38回は照明、第39,40回)(全員ytv)• SW:小池一暢(第26,33,35,37回、第31回はカメラ)・塚本新一(第34,37回、第33,35回はTD)・杉本麻也(第34回、第29回はSW)・井ノ口鉱三(第40,41回、第32回はVE、第35-38回はオンボードカメラ)(全員ytv)• CAM:森下直樹(ytv、第32回)、加藤裕規(関西東通、第40,41回、第36-39回はオンボードカメラ)• VE:菊地健(第26,29,33,34回)・村上和生(第31回)・米田忠義(第35,36,41回)(全員ytv)• 技術開発:中島良隆(第31-34回、第26回はGPS測定)• オンボードカメラ:岩松道夫(第26回)・国部泰治(第32,33回)・広瀬孝昭(第34回)・星野高久(第35回)・宮川竜之介(第41回)(全員ytv)• ヘリコプター:渡辺容代(第35,36回)・高橋和也(第36-40回)・三井進矢(第37回)・木谷公久(第38回)・大中一(第41回)(全員ytv)• ドローン撮影(2015年のみ):牧田祐二、江戸亮介• 特殊撮影(2016年から復帰):高田篤(DHC、第37回はPARLAY)• マイクロ:平野幸一(ytv、第29,31,34回)、荒谷広行(ytv、第32回)、松浦正和(ハートス、第33回、第32,35回は照明)、安井太久也(ytv、第36回)、千原徹(ytv、第35,37回)、奥畑潤一(ytv、第38,39回)、谷口英雄(ytv、第40,41回、第29回は音声)• GPS:辻智仁(第34,35回)• 音声:田口護(第32,33回)・小西康元(第34-36回)・沖田一剛(第37,38回)(全員ytv)• PA:(第32回、第26回はミキサー、第31回は音声)• 協力:(第40回)• 運搬協力 第33回 :株式会社エーアイティー• 上海コーディネート 第33回 :井上嘉子• 編集:北田雅彦(第26,29,31,33回、フリー・フォーム・カンパニー)、苧玉和也(第34-37回、フリーフォームカンパニー)、川畑端仁(第34-36,38-40回、フリーフォームカンパニー)、土田しげお(第26,29,31-33回、東通AVセンター)、仲田光佑(第37-39回、フリー・フォーム・カンパニー)• CG:山本正樹(第29,31-33回、東通AVセンター)• デザイン:伊勢英二(第29,31-33回、東通AVセンター)• 音効:片岡幸司(第26,29回、サウンドエフェクト)・松井久美子(第31,32回はサウンドエフェクト、第34回はytv Nextry)、村木綾(第33回、サウンドエフェクト)、荒畑暢宏(第35,36回、ytv Nextry)、鏑木太郎(第37-40回、ytv Nextry)• MA:進藤麻紀(第26回、東通AVセンター)、山本正志(第29回)、小野慎也(第31-33回、東通AVセンター)• 美術:水谷博行(第29,31,32回)・箕田英二(第33-36回)・野沢桃子(第37-39回)・上野貴弘(第40回)(ytv)• 進行統括:山口忠美(高津商会、第35,36回、第26,29,31-33回は会場設営、第34回は美術進行)• 美術進行:大西亜壮(第26回)、中村卓志(第32回)、長洲史雅(第37-39回、高津商会)• 審査員:野口常夫(第34,35回)、坂田守(第34-37回)、藤原洋(第34-38回)、小谷修一(第34-40回)• 大会事務局:清水誠(ytv、第38回、第37回は進行、第34回はAD、第35回はディレクター)• CP:木谷俊樹(ytv、第33回、第26回はディレクター)• プロデューサー:川村好弘(ytv、第33回)、中島恭助(ytv、第35-37回、第29回はディレクター、第31回はプロデューサー)、大坪正季(ytv、第34,35回、第33回はAP)• 進行:長谷川敬典(第36回、第35回は大会事務局P)・林晃吉(第36,37回、2002年はTD、2005年はSW)(2人共ytv)、中西和郎(読売テレビエンタープライズ、2002,2005,2007,2008年は大会進行、2010年は大会事務局CP、2015,2016年は大会事務局、2012-2014,2017年)• スーパーバイザー:山崎勇祐(UPスポーツ、第29,31,32回)• ナレーション:(第36-40回)、三浦隆志(第36回-)、虎谷温子(第41回)(2人共ytvアナウンサー)• 構成:加藤卓(第26,29回)、東京コウ塀(第31-35回、第29回はブレーン、仕事場)、(第40回)• ブレーン:今尾圭織(第29回、仕事場)、松石有矢(第31回)、中井誠(第32回)、村上慶太(第33回)、稲見周平(第34-36回)、森本陽介(第38-40回)、坂本久史(第37回)、米原昌宏(2007,2008,2010-2018年)• 広報:川合アンナ(ytv、2007年)、立柗典子(日本テレビ、2007年)• 宣伝 2012年- :竹村麻美(2012,2013年、2011年は広報)・折原加奈(2012-2015年、2008,2010,2011年は広報)・乙部恭子(2014,2015,2017年)、(2016年)・嶋岡良介(2016,2017年)(全員ytv)• AP:佐藤恭仁子(第32回)・(第34-37回)(全員ytv)、奥田由美(第29回は、クリエイターズユニオン、第31回からメガバックス)、山下恵(第32,33回、メガバックス)、梅野真未(第34回)、太田由貴(第35,36回、ytv Nextry)• 調査 2007年 :向笠啓祐(日本テレビ)• 取材ディレクター 第34,41回- :吉井智也(ytv、第41回、第38-40回はディレクター)• 大会ディレクター 第41回- :古河雅彦(第38-40回はディレクター)・遠山正悠(第37,38,40回はディレクター、2013年は大会事務局進行)・門上由佳(以前はディレクター担当) 全員ytv、第41回• チーフディレクター:三輪宗滋(第29回)・山口将人(第34,35回、第33,36回はディレクター)・遠藤慎也(第37-41回、第34,36回はディレクター)・吉田剛志(第40,41回)(全員ytv)• プロデューサー:竹本輝之(第32回)・斎藤恭仁雄(第36-38回、第31-33回はチーフディレクター、第34,35回は演出)(全員ytv)、上田識喜(第29,31回)・川添武明(第31回)(以上日本テレビ)• 演出補 第40回 :太田匡隆(ytv、第40回、第26回はチーフディレクター、第29回はディレクター、第31,32回は演出、第33-39回はプロデューサー)• 演出 第40回 :山口剛正(ytv、第40回)• チーフプロデューサー:(第26回)・菱田義和(第31回、第26,29回はプロデューサー)・綿谷登(第31,32,35,36回、第26回は美術、第29回はプロデューサー、第33回は大会事務局CP、第34回は大会事務局統括)・吉川秀和(第33,34回)・土居原作也(第37-39回)・中村泰規(第40回)(全員ytv)、(第26回)・(第29回、第26回はプロデューサー)・(第31回)(以上日本テレビ)• 制作:(第31回)・竹内伸治(第32回、第26回は総合演出、第29,31回はCP・総合演出)(全員ytv) 関連商品 [ ]• 鳥人間コンテスト30th ANNIVERSARY(DVDボックス) 2006年発売• DVD3枚組および大会規定などを掲載のブックレット付属 関連項目 [ ]• (Sky High) - テーマソングとして長年使用されたの曲。 - 橋梁がルール上通過できないため南方限界点となっている。 通過した場合失格となる。 () - かつて存在した「コミックエントリー部門」の精神を引き継いだ大会。 - 本大会の人力プロペラ機部門へ代々2人乗り機で出場している芝浦工業大学Team Birdman Trialのパイロットをモデルに執筆されたの小説で、2017年9月1日に実写映画として劇場公開(監督:、主演:) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 2010年の第33回大会には、の飛行機模型製造会社のチームが参加。 2012年の第35回大会には、のチームが登場した。 2週に渡って放送された。 では、プロ野球対戦のため、に放送された。 制作局の読売テレビは当日プロ野球中継のため、翌9月7日15:00から放送。 それ以外のネット局は裏送りする形で放送。 『』枠で放送。 大会初期は「合格」であった。 当時の最長記録は第22回(1998年)大会において、初の琵琶湖横断に成功した約23kmであり、それを受けて北ルートと南ルートが登場したが、それを上回る事態となった。 元々、南ルートに限れば最大約34kmの飛行可能な距離がある。 前述の学生記録を出した第36回大会を含めて、第37回大会まで準優勝を6回経験。 この大会で初優勝を遂げた。 フライトを辞退した日本大学理工学部航空研究会は、機体を大会終了後にへ寄贈した。 他のチームはいずれも、40km完全制覇を達成できなかった。 他のチームはいずれも、40km完全制覇を達成できなかった。 最長距離を記録した東北大学Windnautsの機体も、フライト中に右の主翼が突然折れた影響で失速。 前年(2017年)の第40回大会で大会最長記録(40km完全制覇)を達成したBIRDMAN HOUSE伊賀の渡邊悠太は、競技終盤の出場に向けて待機していたが、競技の不成立が発表される前にフライトの辞退を申し入れた。 2位の名古屋大学AirCraft(2分1秒64)、および、3位の大阪府立大学 堺・風車の会(2分8秒)も、折り返しルール改定後の最高記録(35回大会)を更新。 夫のも、第39回大会に「応援サポーター」の1人として出演。 応援ゾーンのインタビュアーなどを担当した。 2015年7月の人事異動でコンテンツビジネスセンター・コンテンツ事業部のプロデューサーに就任したが、異動後に開催の第38回大会では、アナウンサー時代に続いてアナウンスを担当。 読売テレビ退社後の2017年4月から教授に就任したが、同年の第40回大会では肩書なしの「脇浜紀子」名義でアナウンスを再び担当。 』公開の直前にダイジェスト番組を放送。 作品のモデルになったTeam Birdman Trialも同大会の人力プロペラ機部門に参加したことから、この部門の開催前日(2017年7月28日)の収録では、同チームのパイロットへのインタビュアーを務めた。 この回は、『TVおじゃマンモス』の企画で、出場した。 『TVおじゃマンモス』1995年2月18日放送分から• 出典 [ ]• (読売新聞 2010年1月18日)• (スポーツ報知 )• ORICON NEWS. 2020年4月14日. 2020年4月14日閲覧。 日刊スポーツ. 2018年7月28日. 2018年7月28日閲覧。 日刊スポーツ 2020年4月14日. 2020年4月14日閲覧。 (『』付記事)• (『』付記事)• (彦根市)• 一時は、優勝チームに150万円、2位のチームに50万円、3位のチームに30万円が贈られていた。 日本大学生産工学部津田沼航空研究会より前に首都大学東京MaPPLの安藤陽央が450. 17mの距離を飛行したが、テイクオフの直後に、1名の補助者がプラットフォームから足を滑らせて琵琶湖の湖面へ転落した。 補助者は着水後に救助されたものの、前述した大会規定がMaPPLに適用されたため、安藤のフライトは失格(参考記録)として扱われている。 第37回大会で辞退を余儀なくされた経緯(注釈参照)に感極まった羽鳥が、フライトの実況中に何度も号泣するというハプニングがあった(『』付記事)。 (『』付記事)• (『』付記事)• 映画ナタリー. 2016年7月12日. 2016年7月12日閲覧。 外部リンク [ ]• - 公式サイト• - 九州大学鳥人間チーム関係者等による用語辞典 この項目は、に関連した です。 この項目は、(行事)、に関連した です。 などしてくださる。 この項目は、に関連した です。 などしてくださる()。

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