風あざみ 意味。 井上陽水「少年時代」に出てくる“風あざみ”の意味って? SNS「天才ですよね」:イザ!

風あざみの意味とは?造語?広辞苑に載ってる?歌の歌詞も解説!

風あざみ 意味

シンガー・ソングライター、井上陽水(70)の代表曲の1つ「少年時代」(1990年)。 その歌詞にある「風あざみ」という言葉の意味について、井上が6日放送の「SONGS」(NHK総合)で語る場面があった。 その内容にネットがザワついている。 数多くのテレビCM曲として採用されるなど、時代を超えて愛された同曲。 発売から7年かけてミリオンセラーを達成するなど、幅広い世代に親しまれてきた。 また数多くのアーティストにカバーされた楽曲としても知られている。 この「風あざみ」という言葉は同曲の冒頭に出てくる。 井上はこの言葉について「(多年草の)『オニアザミ』という言葉は知ってましたから」とし、「風あざみもあるでしょう、みたいな感じで録音した」と説明した。 当時、頭の中で「辞書でちゃんとそういう言葉があるかどうかチェックしたほうがいいのかな?」と思ったというが、「『そんなことチェックしてどうすんの?』という気持ちがあるんですよ」と井上。 なんとこの言葉が造語であることを暴露した。 「部屋のドアは金属のメタル」や「砂漠のデザート」など、独特のフレーズを挟み込むことで有名な井上。 説明はなおも止まらず、「僕の仕事っていうのは真実をお伝えすることではない」と強調。 そのうえで仕事の本質について「楽しけりゃいい。 甘いところがあるんですよ」と述べ、笑顔を見せた。

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風あざみ、宵かがり、夢花火、

風あざみ 意味

大人から子どもまで何となくなじみがある風あざみの本当の意味について、まずは原典からあたっていきましょう。 「少年時代」はそもそも映画の挿入歌でしたが、すぐに大ヒットし、現在でも学校の音楽の教科書に採用されたりと、幅広い年代に親しまれています。 メロディが幻想的なのでついつい素通りしてしまいますが、よく考えてみると「夏が過ぎれば風あざみ」とは意味がわからない歌詞で、ヒットしている当時からその不思議さが話題になっていました。 陽水自身も風あざみが造語だと認める 風あざみは井上陽水のヒットソング「少年時代」に出てくる歌詞ですが、作者である陽水氏自身も風あざみがたんなる造語であることを認めています。 最初から造語を使いたかったというわけではなく、風あざみという言葉が辞書に載っているだろうと思い込んで歌詞に取り入れたところ、辞書には載っておらず、結果的に造語になってしまったということのようです。 鬼あざみという言葉はすでに広辞苑に載っているため、風あざみの意味も当然載っているだろうと陽水氏としては考えたようです。 鬼あざみとは植物の一種で、あざみの仲間に分類されています。 鬼の爪のようにするどいトゲを葉にもつことからこの名前がついたと言われています。 ちなみに、あざみは春先の季語とされていますが、鬼あざみは秋口にかけて使われる季語としてふさわしいと考えられています。 風あざみの意味とは? 風あざみが井上陽水氏独自の造語であることはわかりましたが、では、風あざみの意味とは何なのでしょうか。 造語ですからきちんとした意味があるわけではなく、「夏の終わり、風が少しずつ秋の気配を帯びていく雰囲気」を間接的に表した造語であるとファンの間では解釈されています。 風あざみの他にもある歌詞の造語と意味とは.

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風あざみの意味とは?少年時代の歌詞からわかる井上陽水の変人ぶり

風あざみ 意味

夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された 私の心は夏模様 夢が覚め 夜の中 長い冬が窓を閉じて 呼びかけたままで 夢はつまり 想い出のあとさき 夏まつり 宵かがり 胸のたかなりにあわせて 八月は夢花火 私の心は夏模様 これが一番の歌詞です。 メロディーを載せると、懐かしいような雰囲気ですが、歌詞だけを見るとなんだか意味が分かりにくいですよね。 想い出のあとさき…?宵かがり…? まず最初に出てくるのは「風あざみ」という言葉。 この言葉については、本人も意味がないことを語っています。 井上陽水の『少年時代』の歌詞に込めた意味とは 「夏が過ぎ 風あざみ」 から始まるこの曲は、夏の終わりによく流れる曲です。 この曲は夏休みの終わりに聞くから、新学期の憂鬱さを思い出す、という方もいるのではないでしょうか。 風あざみの意味から見る井上陽水の歌詞の作り方 「風あざみ」には明確な意味はありません。 SONGSで本人により、これが造語であることが語られ、ネットで話題になったことがありました。 「オニアザミ」という言葉のインスピレーションから生まれた言葉のようです。 他にも、「夏模様」「宵かがり」「夢花火」という言葉が出てきます。 井上陽水は、こういった言葉に意味はなくて「響きのよさで作った」ことを本人の口から語っているのです。 有名な歌手の中でも、歌詞の意味を重視せずに響きだけで作る人は多いですよね。 例えは椎名林檎の『丸の内サディスティック』もそうみたいですよ。 そのため難解で、いろいろな人に考察がなされていて逆に面白かったりします。 歌詞考察のし甲斐はあるかもしれませんね。 少年時代も、まさに考察のし甲斐がある歌詞です。 では1番の歌詞の考察をしていこうと思います。 敢えて、考察しない部分を残しますので、それぞれ考察してみて欲しいなと思います。 「夏が過ぎ 風あざみ」 夏はもう過ぎって、あざみも散って風に消えていった「誰のあこがれにさまよう」 時は過ぎるのに自分はここで立ち止まって、誰かにあこがれられたりしてるんだろうか。 それとも… 「青空に残された 私の心は夏模様」 こうして青空をひたすら見ている私の心は夏から抜け出せずに、立ち止まり続けているんだ。 「夢が覚め 夜の中」 青空から夜になると、人は眠るけど私は目が覚めてしまい 「長い冬が 窓を閉じて」 冬の長い夜の暗くなった窓を閉じて 「呼びかけたままで 夢はつまり思い出のあとさき」 だけど夏の鬼ごっこなんかして呼びかけた声が頭に残っている。 見ることのできる夢というのはつまり、思い出があるから見れるんだな… 「夏まつり 宵かがり」 夏祭りは青空とこの夜の間の宵の暮れそうなときだったな… 「胸のたかなりにあわせて 八月は夢花火」 胸がわけもなく高鳴るのに合わせて上がる八月の花火も、この夢の中に出てくるんだ 「私の心は夏模様」 まだ私は夏の思い出を夢で見ているんだ。 子供の頃の思い出を思い返して、 昼は青空を見ながら。 夜は夏祭りなどの夢を見ている自分を描いています。 こうした夢は想い出があるからこそ見ることが出来るものだな… としみじみ感じながら、 思い返すのはいつも夏。 思い返す自分は永い冬の中にいる。 私の考察では… 目が覚めて 夢のあと 長い影が夜にのびて 星屑の空へ 夢はつまり 想い出のあとさき 夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう 八月は夢花火 私の心は夏模様 この部分はぜひそれぞれ考察してみてください。 面白いですよ。 少年時代の概要をこちらに書いておきますね。 Wikipediaに面白いエピソードがありました。 『少年時代』の概要 1990年9月21日にリリースされた通算29枚目のシングル。 作詞は井上陽水 作曲・編曲は井上陽水と平井夏美。 当初、荻野目洋子のシングル『ギャラリー』のB面に使用される予定だった曲で、B面にしては良い出来だったのでシングル化されたそうです。 出典: まとめ 『少年時代』の歌詞考察をしてきましたがいかがでしたか? 「少年時代」というワードを挟まないまま、多くを語らなくてもその情景を思い起こさせる井上陽水って やっぱりすごいなと思います。 夏の終わりの歌か、と思いきや「冬」というワードも出てくる。 想い出を想起しながらも、夏の懐かしい時代を夢に見てノスタルジックになっている感じが十分伝わりますね。 メロディーに乗せると、その情景はもっと色濃くなるような感じもします。 これがプロだな… 皆さんも、井上陽水の歌詞考察してみてはいかがでしょうか。 この歌のこの歌詞の意味考察してほしい、というリクエストもお待ちしています。 良ければコメント欄に書き込んでいってください。

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