ウェスト ハム 対 トッテナム。 ロンドン・ダービー

ロンドン・ダービー

ウェスト ハム 対 トッテナム

トッテナムは23日、プレミアリーグ第31節でウェストハムと対戦し、2-0で勝利した。 トッテナムは、およそ3カ月ぶりの再開初戦でマンチェスター・ユナイテッドと対戦。 長期離脱していたケインやソン・フンミンが先発に顔を揃えたなか、今冬加入のベルフワインのゴールで先制に成功する。 しかし、後半にPK献上で同点に追いつかれ、そのままドロー決着となった。 リーグ戦5試合ぶりの勝利を目指す今節は、前節はコロナ禍での不適切なSNS投稿で1試合の出場停止処分を受けていたデレ・アリが先発復帰。 その他、ロ・チェルソやモウラがスタメンに起用された。 トッテナム・ホットスパー・スタジアムを舞台としたロンドン・ダービーはやや硬い入りとなる。 ホームチームがポゼッションでは圧倒するものの、初シュートのシーンが訪れたのは22分。 モウラがボックスの外から強烈なシュートを放ったが、GKファビアンスキが好セーブを見せる。 27分にはケインに初シュートが飛び出すが、これもファビアンスキに止められた。 ゴールレスで迎えた45分、トッテナムはロングボールを放り込み圧力をかけると、ボックス左でロ・チェルソのパスを受けたソン・フンミンが鋭い切り返しからゴールニアを打ち抜き先制…かに思われたが、VARで確認した結果、足が僅かにオフサイドラインを越えていたとしてゴールは取り消された。 後半も早々から主導権を握るトッテナムは50分、モウラのスルーパスから右サイドを抜け出したオーリエがグラウンダーのクロスを供給。 これをケインがバックヒールで流し込みにかかったが、GKファビアンスキが封をする。 守勢を強いられるウェストハムがチャンスを迎えたのは54分。 右サイドを細かいパス交換で抜け出したボーエンのクロスの先にフォルナルス。 ダイレクトで合わせにいったが上手くミート出来なかった。 その後は劣勢だったウェストハムにも攻撃のリズムが生まれてくると、逆にトッテナにはカウンターのチャンス。 59分、自陣からカウンターを発動し、ソン・フンミンがピッチ中央を駆け上がる。 左のロ・チェルソに展開し、その折り返しをケインが狙っていったが、僅かに右に外してしまった。 徐々にオープンな展開となるロンドン・ダービー。 すると64分、トッテナムの右CKのチャンスでロ・チェルソがクロスを入れると、D・サンチェスの当たり損なったヘディングシュートがスーチェクに当たってゴールイン。 オウンゴールでトッテナムが先制した。 その後、70分に取られた給水のタイミングで両チームとの交代策を施す。 ウェストハムは78分、ボックス右外からのFKの流れで、途中出場のF・アンデルソンの折り返しを狙ったボーエンのシュートがポスト直撃。 ヒヤリとしたトッテナムだが82分、自陣中央で途中出場のラメラがボールを奪いカウンターへ転じると、ソン・フンミンのラストパスを受けたケインが最終ラインを突破。 そのままGKとの一対一を制し、勝利を手繰り寄せる2点目を挙げた。 ケインは今季のリーグ戦12ゴール目。 昨年12月28日のノリッジ戦以来の得点となった。 そして、試合はこのまま終了し、トッテナムがリーグ戦5試合ぶりの勝利を収めた。

次の

ウェストハム・ユナイテッドFC

ウェスト ハム 対 トッテナム

ウェストハムのモイーズ監督、失点シーンでハンド主張 「さっき確認したが…」 デイビッド・モイーズ監督率いるウェストハムは現地時間23日、プレミアリーグ第31節でアウェーのトッテナム戦に挑んだが、0-2で敗れた。 試合後、モイーズ監督はトッテナムの先制点となったゴールについて、ハンドがあったにも関わらず認められたと怒りを露わにしている。 英紙「デイリー・ミラー」が伝えた。 ウェストハムはハーフタイム間際、トッテナムの韓国代表FWソン・フンミンにゴールを決められて先制されたかに思われたが、これはVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の確認を受けてノーゴール判定。 しかし後半19分、相手MFジオヴァニ・ロ・チェルソのCKから、ウェストハムMFトマーシュ・ソーチェクの右足に当たるとそのままゴールに吸い込まれ、オウンゴールで先制点を献上した。 さらに同32分、イングランド代表FWハリー・ケインに追加点を許し、ウェストハムは0-2で敗れている。 このトッテナムの先制点に納得していないのがモイーズ監督だ。 ボールはソーチェクの足に当たってゴールに入ったが、その前にトッテナムのコロンビア代表DFダビンソン・サンチェスの腕を転がり落ちてハンドと主張している。 モイーズ監督は英衛星放送「スカイ・スポーツ」の試合後のインタビューで、「今夜、VARを担当していたのは誰だ? 誰がやっていた? 誰だか知っているかい?」とコメント。 VAR審判がデイビット・コート氏だったことが判明すると、「彼はあまり仕事ができないね。 私は今さっき(映像を)確認したが、あれをゴールに認めたなんて信じられない」と怒りを滲ませている。 ウェストハムは0-1で敗れた1月のシェフィールド・ユナイテッド戦で、1点ビハインドで迎えた後半、2回にわたり同点のチャンスを迎えたが、1回目はオフサイド判定でノーゴール。 そして2回目はVARの結果、ハンドによりゴールが認められなかった。 怒り心頭のモイーズ監督は、「ルールでは『ゴールにつながるハンドボールは一切認められない』となっている。 シェフィールド戦では最後の最後に素晴らしいゴールが決まったのに、そのせいで認められなかった。 しかし、今回のは認められたなんて」と納得できない様子だった。 (Football ZONE web編集部) 外部サイト.

次の

ウェストハム・ユナイテッドFC

ウェスト ハム 対 トッテナム

概要 [ ] ロンドンっ子の象徴とされる訛りが飛び交う東ロンドンの下町地域に本拠を構える。 サポーター層は純労働者階級が多数である。 ロンドンの同地区を本拠地とするやとの対戦がダービーマッチに当る。 クラブの特徴は、育成に実績のあるユース組織を備えており、有望な若手を発掘、育成し、ビッグクラブへ放出するという典型的な「売り手」型であるといえる。 近年はその傾向が顕著で、、、、、などのイングランド代表選手は皆ウェストハムの出身である。 彼らはトップチームで頭角を現し、後にビッグクラブに移籍している。 現在のホームスタジアムは(収容人数60,000人)。 2016年にこれまで1914年から112年間、本拠地として使用した(収容人数35,303人)から移行した。 スタジアムでは、クラブの代表的な応援歌でもある「I'm Forever Blowing Bubbles」が試合開始前後に大量のとともに流れ、サポーターはこれらのサビ部分をで合唱する。 92チームの中で、歴代の監督数が最も少ないという記録を持っており、122年間の歴史の中で、監督は20人のみである。 しかし、2000年代に入ってからは成績が安定しないせいか、監督交代が相次いでいる。 歴史 [ ] 2000年代以前 [ ] 1895年、ウェストハムは東ロンドンの造船会社(Thames Ironworks)の社員チームとして結成された。 クラブが「アイアンズ」「ハマーズ」という愛称で知られるのはこのためである。 1898年に南部2部リーグに加入しプロ化され、その後1部に昇格。 クラブの運営をめぐる争いの末、テイムズ・アイアンワークスは1900年に解散し、その後すぐに「ウェストハム・ユナイテッドFC」が結成された。 南部1部リーグでの試合を続けながら、1901年にウエスタンリーグに加入した。 1907年にウエスタンリーグ1B部のチャンピオンとなると、1A部のを1-0で破り、ウエスタンリーグで優勝した。 オープンから2016年まで使われたかつての本拠地 1919年に2部に加入し、1923年に1部に昇格。 同年には初の決勝に進出した。 この時の対戦相手はである。 1932年に2部に降格し、その後の30年はほとんどを2部で過ごしたが、1958年に再び1部に昇格した。 この間、1940年にフットボールリーグウォーカップで初優勝している。 1961年、ロン・グリーンウッドが監督に就任すると、1964年にFAカップ優勝、1965年に優勝を果たした。 ちなみに、1966年のの時のイングランド代表の主要メンバーは、キャプテンの、マーティン・ピータース、といったウェストハムの選手達であった。 1974-75シーズンにグリーンウッドは総合監督に就任し、アシスタントのジョン・ライアルを監督に任命した。 1976年にクラブは再びUEFAカップウィナーズカップ決勝に進出したが、2-4でに敗れた。 FAカップは1964年、1975年、1980年に優勝。 1923年と2006年にも決勝に出場している。 2000年代 [ ] 2004-05シーズンにで6位ながらも、プレミアリーグ昇格プレーオフで勝利を収めて昇格を果たした。 昇格直後の2005-06シーズンのリーグ戦で9位に入り、FAカップでも準優勝している。 クラブは2006年11月に、実業家率いるのグループによって1億2600万ユーロ(約200億円)で買収された。 マグヌソンはアイスランド・サッカー協会会長と理事会理事を兼任している。 2006-07シーズン、初めにで活躍したアルゼンチン代表の、を補強して注目を集めたが、同シーズンは前シーズンから一転して苦しい戦いとなった。 開幕から数試合はまずまずの成績だったものの、その後ほとんど勝てなくなり、3月4日、とのロンドンダービーでショッキングな逆転負けを喫するとついに最下位に転落してしまう。 しかし3月17日のブラックバーン戦で勝利すると、最後の9試合を7勝2敗の好成績で乗り切り、最終的に15位でシーズンを終えた。 2007-08シーズンはプレミアリーグ10位で終わった。 2008-09シーズンは早々、2006年12月より前監督に代わり指揮をしていた監督が辞任し、がクラブ史上の12人目の監督に就任した。 2009-10シーズンは降格圏と勝ち点5差の17位で終わり、 シーズン終了2日後の2010年5月11日にゾラを解任し、 6月3日、が4年契約で監督に就任した。 2010-11シーズンはシーズンを通して降格圏に低迷し、2011年5月15日にウィガンにアウェーで2-3で敗れてチャンピオンシップへの降格が決まった。 試合後にグラントを解任し、 6月1日、が監督に就任した。 2011-12シーズンはリーグ3位で昇格プレーオフに回り、準決勝でを破り、2012年5月19日に行われた決勝でに2-1で勝利して1年でプレミアリーグに復帰した。 以降のシーズンではプレミアリーグに定着しているものの、2013-14シーズンはシーズン途中にを精巣がんで亡くしてしまう。 2014-15シーズンは、、、、らを獲得した一方で、やらを放出した。 冬の移籍市場ではを獲得。 2015-16シーズンは、、、、、、を獲得。 またソングをバルセロナから再獲得した。 一方で、ネネ、、らを放出。 2016-2017シーズンより、本拠地をとのメイン競技場として使用されたに移した。 移籍市場では、、、、、らを獲得した。 冬の移籍市場ではパイェがに移籍したが、、を獲得した。 2017-18シーズン、夏の移籍市場で、、らを獲得したが、開幕から3連敗など、リーグ序盤戦から低調なパフォーマンスが続き、11月に監督を解任した。 後任にはを置き、前政権よりかは持ち直したものの、勝ちきれない試合が多く、最終的には、13位でシーズンを終えた。 アルナウトヴィッチがチーム最多の11得点を記録した。 2018-19シーズン、監督にのを招集し、移籍市場では夏冬通じて10人もの選手を獲得した。 からを、から、からはら獲得した。 リーグ戦では開幕から4連敗を喫するなど最悪のスタートとなったが、徐々に復調。 結果リーグ10位でシーズンを締めくくった。 ユニホーム [ ] 年度 メーカー 胸スポンサー 1976—80 なし 1980—83 1983—87 AVCO Trust 1987—89 Scoreline 1989—93 Bukta BAC Windows 1993—97 Pony Dagenham Motors 1997—98 None 1998—99 1999—03 2003—07 Jobserve 2007—08 XL. com 2008—10 SBOBET 2010—13 Macron 2013-15 Adidas alpari 2015- Umbro betway エンブレム [ ] エンブレムは1923年のFAカップ決勝進出時に、チーム発足にちなんだ2本のを交叉させたマークが使われたのがはじまりで、1950年に正式なエンブレムが決まった。 1965年のヨーロッパカップの際にエンブレムにの図案が追加されたが、この城は地元のブーリン城であり、名称はが元になっている。 その後、一時ハンマーのみの図案に戻されたが、1997年にと、そして城とハンマーを黄色で描くエンブレムになった。 現在は再びハンマーのみの図案になっている。 チームカラーのワインレッドと水色の組み合わせは1897年のユニフォームに始まる。 諸説あるが、地元の他2チームが使っていた色を採用したとか、強豪のを真似たとか、またある選手がアストン・ヴィラの選手に徒競走で勝ちユニフォームを貰ったことが起源だとの逸話もある。 タイトル [ ] 国内タイトル [ ]• :3回• 1963-64, 1974-75, 1979-80• :1回• 1964 国際タイトル [ ]• :1回• 1964-65• :1回• Pos. Pos. ローン移籍選手 [ ] in No. Pos. 選手名 28 No. Pos. 選手名 out No. Pos. 選手名 12 23 33 No. Pos. 87 1932-1950 480 198 116 166 41. 25 1950-1961 484 193 107 184 39. 87 1961-1974 613 215 165 233 35. 07 1974-1989 708 277 176 255 39. 12 1989-1990 38 14 12 12 36. 84 暫定 1990 1 0 1 0 0. 00 1990-1994 227 99 61 67 43. 61 1994-2001 327 121 85 121 37. 00 2001-2003 86 27 23 36 31. 40 暫定 2003 14 9 4 1 64. 29 2003-2006 163 67 38 58 41. 10 2006-2008 71 28 14 29 39. 44 暫定 2008 1 0 0 1 0. 00 2008-2010 80 23 21 36 28. 75 2010-2011 47 15 12 20 31. 91 暫定 2011 1 0 0 1 0. 00 2011-2015 181 68 46 67 37. 57 2015-2017 111 42 30 39 37. 84 2017-2018 31 9 10 12 29. 03 2018-2019 64 24 11 29 37. 50 2019- 歴代所属選手 [ ]• Premier League 2018年7月30日. 2019年1月3日閲覧。 Sky Sports. 2017年10月1日閲覧。 whufc corporate information. 2015年6月28日閲覧。 BBC Sport. 2010年5月11日. 2010年5月11日閲覧。 West Ham United F. 2010年5月11日. の2010年5月13日時点におけるアーカイブ。 2010年5月11日閲覧。 BBC Sport. 2010年6月3日. 2010年6月3日閲覧。 BBC Sport. 2011年5月16日. 2011年5月17日閲覧。 West Ham United F. 2011年6月1日. 2011年6月1日閲覧。 Gibbs, Thom 2012年5月19日. The Daily Telegraph London. エンブレムの世界 上海申花『』2012年1月10. 17, 069頁。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 (英語)• (英語)• (日本語)• (英語) ニュース• その他•

次の