お 題目 を 唱える。 唱題に関する、池田先生の指導をご紹介します。 「お題目をあげるとどうなる...

本来の題目の唱え方はたして日蓮聖人ご本人は「南無妙法蓮華経...

お 題目 を 唱える

日蓮大聖人ご金言 『妙一尼御前御返事』(御書一四六七) 夫 それ 信心と申すは別にはこれなく候。 妻のをとこ(夫)をおしむが如く、をとこ(夫)の妻に命をすつるが如く、親の子をす(捨)てざるが如く、子の母にはな(離)れざるが如くに、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏菩薩(ぼさつ)・諸天善神に信を入れ奉りて、南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候 そうろう なり。 しかのみならず「正直 しょうじき 捨方便 しゃほうべん 不受 ふじゅ 余経 よきよう 一偈 いちげ 」の経文を、女のかがみ(鏡)をす(捨)てざるが如く、男の刀をさすが如く、すこしもす(捨)つる心なく案じ給ふべく候。 【意訳】信心は、そんなに難しく考えることはありません。 妻が夫を愛しいと思うように、夫が妻のために命を捨てて戦うように、親は何があっても子供を捨てないように、子供が親からけっして離れないように、法華経・釈迦(しゃか)・多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神(以上のすべての徳を具えるのが南無妙法蓮華経の御本尊)に信を入れて、南無妙法蓮華経と唱えていくことを、信心というのです。 そればかりでなく、女性が身だしなみを整えるための鏡を大切にするように、武士が刀を離さないように、法華経方便品の「正直に方便の教えを捨てて」との経文と、法華経譬喩 ひゆ 品の「法華経以外のお経は、一言でも受け入れない」との経文を忘れずに信心していくことが大事なのです。 況 いわん んや外見これ有るべからず。 余事余念無くして唱える処 ところ の題目を事行 じぎよう の妙法蓮華経と申す。 即身成仏の当体と仰せられ給候。 【意訳】勤行唱題のとき、目のやりどころや姿勢、手の合わせ方、正座のし方、そのすべてにその人の心根が映し出されるのです。 髪を整えたり、清潔な、きちんとした身なりをしているかどうかも含め、落ち着いた姿勢で、心では余計なことは考えず、真剣に唱える唱題こそ末法の時に叶った成仏の題目となるのであり、そうした唱題をする人は、その身そのままで将来、即身成仏していくことができるのです。 又現在の業 ごう 、過去の業あり。 中に於 お いて現在の業は滅し易 やす し、過去の業は滅し難 がた し。 信心薄くとも法華の力に依って現在の業は滅す。 過去の業は、信心厚くして必ず滅すべきなり。 【意訳】業病は、御本尊の功徳力で必ず克服できます。 また業には、生まれて以来、積んできた業と、生まれる前の過去世から背負ってきた業の二種類があります。 生まれて以来の悪業 あくごう は、今世において勤行・唱題を重ねれば必ず消滅させることができますが、過去世から背負ってきた重い悪業は、障魔 しようま と忍耐 にんたい 強く戦い抜く折伏行をやりきってこそ、はじめて消滅させることができるのです。 第二十六世日寛上人 『如説修行抄筆記』(御書文段六〇八) 心に折伏を忘れて四箇の名言を思わずんば、心が謗法 ほうぼう になるなり。 口に折伏を言わずんば、口が謗法に同ずるなり。 手に数珠を持ちて本尊に向かわずんば、身が謗法に同ずるなり。 故に法華本門 ほんもん の本尊を念じ、本門寿量の本尊に向かい、口に法華本門寿量文底下種・事の一念三千の南無妙法蓮華経と唱うる時は、身口意 しんくい の三業 さんごう に折伏を行ずる者なり。 是れ則ち身口意三業に法華を信ずる人なり。 【意訳】まじめに唱題していても、「折伏」を忘れたり、四箇の名言(念仏無間 むけん ・禅天魔 てんま ・真言亡国 ぼうこく ・律国賊 こくぞく )という日蓮大聖人が謗法厳戒 げんかい を遺言 ゆいごん された精神を忘れては、いつしかあなたの心は謗法に染まってしまうでしょう。 どんなに唱題を重ねていても、「折伏なんかする必要はない」と言っていれば、あなたの口は謗法と化すでしょう。 (日蓮正宗)の正しい念珠 ねんじゅ を持たず、正しい御本尊に向かうことも忘れれば、やがてあなたの身心全体が謗法の毒気 どっけ に犯されてしまうでしょう。 ですから私たちは、いつでも総本山にまします本門戒壇 かいだん の大御本尊を心に思い浮かべ、どんな時も我が家や菩提寺の御本尊に向かって唱題と折伏に励むとき、あなたは身も口も心も三業すべてが整って、真に日蓮大聖人の仏法を信じきった人となれるのです。 第五十九世日亨上人『日蓮正宗綱要』(同書一三五) 題目の唱え方は、身に油断・怠 おこた り無きよう、意に余念 よねん 、雑念無きようにありたい。 口より出す声は、早口であったり、粘り口であったりしてはならぬ。 落ち着いて、しっかりと尻強に中音に唱えねばならぬ。 唱ふる数には定まりがない。 多くとも少なくとも、その人の都合であるが…身体中が歓喜で踊躍 ぞくぞく するようにありたい。 御本尊と吾等と一体不二になるまで励まねばならぬ。 第六十六世日達上人(昭和三十六年九月十六日 東京都目黒区・妙真寺での御説法) 神は正直者の頭 こうべ にある(と、日本を代表する諸天善神・八幡 はちまん 大菩薩は語っている)。 必ずしも頭のてっぺんにいるわけではない。 正直の人の心の中にある。 もし諂曲 てんごく する(こびへつらったり、他人をだます)もの、嘘、偽るものの心には神は宿らない。 では、この正直者とは何か。 日蓮大聖人は、(正直者とは)南無妙法蓮華経を信ずる人であると説かれ、インドの釈尊は法華経に「正直捨方便」「不受余経一偈」と語り、正直に方便の教えを捨てて他の一句をも受けない、これが正直であると説かれている。 すなわち、あらゆる謗法 ほうぼう の念慮を絶して南無妙法蓮華経を唱える人こそ正直の人である。 ゆえに南無妙法蓮華経を唱える正直の人の心に神は宿るのである。 今、われわれが御本尊様に向かって南無妙法蓮華経と唱えているとき、そこに神様があるので、それ以外に絶対、神様はないのである。 だからわれわれが神社をお参りしてはいけないというのは、神様もいないところにお参りするのは、そこにはもう魑魅魍魎 ちみもうりょう 、すなわちあらゆる悪魔のいるところにお参りすることになる。 だから神社にはお参りする必要はないのです。 ただ御本尊様に向かって正直に謗法 ほうぼう の心を絶して南無妙法蓮華経と唱える、その人にこそ神様が宿るのである。 それゆえに、神社にお参りしないことを(日蓮大聖人は)明らかに説かれているのでございます。 第六十七世日顕上人(妙法七字拝仰下六〇) 勤行の姿勢において、手を膝 ひざ のあたりまで下げている人が時々いますが、きちんと胸の所で手を合わせる。 手の指の方向は御本尊に向かっているのが一番いいと思います。 そしてお題目を唱える時には「御本尊様が、そのまま、この胸中 きょうちゅう に宿り給う」という気持ちをもって真剣に御題目を唱える事です。 すると八識 はつしき 以下、特に六識 ろくしき などで、過去からの業因 ごういん (罪障)によって癖 くせ になっている色々な妄念 もうねん ・雑念 ざつねん が浄化されていきます。 常に御本尊を拝して、その尊い清浄な御当体が、そのまま身中の肉団 にくだん に存在する故に、お題目を唱えるところに、三世(過去・現在・未来)を貫く真の安楽が積まれます。 第六十七世日顕上人(大白法平成十一年九月一日号) とにかく南無妙法蓮華経と唱えることが大切なのです。 これはノルマとして考えてストレスを生ずる必要はないのです。 無理にでも、一時間とか二時間とか行なうというのではなく、ただ常に御題目を唱えることを忘れずに、特に大事な時にしっかり唱えてみる。 そこに種々の問題に対処すべき我が命に不思議な力を生ずるのです。 『明日、本当に大事な事がある』と思った時、三十分でもいいし、あるいは一時間でもいい、真剣に御本尊様に向かって御題目を唱える事です。 必ずそこに一つの実証がでるのです。 この功徳を持って、また他の人に伝えていくという事が、本当の折伏の姿であると思います。 ですから、唱題の功徳は本当に尊いけれども、折伏(家族や友人に、この信心を勧めること)を忘れてしまったら本当の信心は成り立たないのです…しっかりと題目を唱えるとともに、折伏をしなければいけません…お題目を唱えて、折伏に打って出る。 常に、そのように自行と化他を一つのものとして考えていただきたいのです。 自行化他の信心をしっかりと励んでいけば、私たちも必ず幸せになれるのであり、また、相手も幸せにできるということです。 日蓮正宗 妙通寺.

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唱題に関する、池田先生の指導をご紹介します。 「お題目をあげるとどうなる...

お 題目 を 唱える

今年に入り、いくつかのブログで引かれていたものです。 私自身、とても心に残るご指導であります。 池田先生のスピーチ 題目をバカにして策に走れば、、結局は敗れる。 生命を賭けた戦いに福運はつく。 皆のが一緒にならないと、戦いがうねりになって行かないのです。 誰がどう言おうと何をしようと題目にはかなわないのです。 行動がないと信心とは言えないのです。 御本尊様は見通している。 信心の世界は不思議なもので、本気になってやれば 今の千倍 万倍の功徳がでるのです。 信心の世界は題目をあげきっていけば、鉄の扉が開く力があるのです。 宿命転換ができないわけがありません。 信心の世界は皆で大勢で嵐のように題目をあげていく世界なのだ。 題目だね。 一切題目だ。 百万言の指導より、百万冊の哲学書より題目です。 題目をうんとあげなさい。 なさい。 願いなさい。 全部そのとおりになって、戦いは開いてゆく。 君自身がどれだけ題目をあげたかということでしょう。 題目をあげれば自然に教学が必要となります。 題目をあげれば自然にその仕事が充実します。 苦しいことだってある。 悲しいことだってある。 涙にむせぶ夜もある。 ひどい心の傷を受けた日だって、そんな時はぼくの心の扉をノックしてごらん。 ぼくの心は君のために開いている。 この耳だって、いつもどんな時だってきいてあげる。 この眼だって、ともに涙をいっぱいためてあげる。 うれしいことは云わなくてもよい。 君の顔を見ればわかる。 辛く嫌なことはすべてぼくに話してごらん。 君の重苦しい身体を半分背負ってあげる。 そして一緒に歩いていこう。 私が心に残ったところ、1つ目は、 一切題目だ。 百万言の指導より、百万冊の哲学書より題目です。 題目をうんとあげなさい。 なさい。 願いなさい。 この姿勢は、私自身まだまだ弱いと感じること多々あります。 池田先生のこの姿勢を、継いでいこう!! 2つ目に、ここを読んで涙した方もおられると思います。 ひどい心の傷を受けた日だって、そんな時はぼくの心の扉をノックしてごらん。 ぼくの心は君のために開いている。 この耳だって、いつもどんな時だってきいてあげる。 この眼だって、ともに涙をいっぱいためてあげる。 うれしいことは云わなくてもよい。 君の顔を見ればわかる。 辛く嫌なことはすべてぼくに話してごらん。 君の重苦しい身体を半分背負ってあげる。 そして一緒に歩いていこう。 これが、同苦する姿勢は、どういう姿勢だろうという疑問に答えるものだと思います。 私自身、に陥った時、この御指導を拝して、どれだけ、心が温かくなったかわかりません。 心理学を学んでいる人間として思うことでもありますが、これこそが、カウンセラーのあるべき姿であると思います。 私も、人を包み込める、元気・勇気・希望を与えていく存在になろうと、改めて決意!! に参加しております。 「ぽちっ」とヨロシク!.

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題目を唱える時の姿勢

お 題目 を 唱える

今年に入り、いくつかのブログで引かれていたものです。 私自身、とても心に残るご指導であります。 池田先生のスピーチ 題目をバカにして策に走れば、、結局は敗れる。 生命を賭けた戦いに福運はつく。 皆のが一緒にならないと、戦いがうねりになって行かないのです。 誰がどう言おうと何をしようと題目にはかなわないのです。 行動がないと信心とは言えないのです。 御本尊様は見通している。 信心の世界は不思議なもので、本気になってやれば 今の千倍 万倍の功徳がでるのです。 信心の世界は題目をあげきっていけば、鉄の扉が開く力があるのです。 宿命転換ができないわけがありません。 信心の世界は皆で大勢で嵐のように題目をあげていく世界なのだ。 題目だね。 一切題目だ。 百万言の指導より、百万冊の哲学書より題目です。 題目をうんとあげなさい。 なさい。 願いなさい。 全部そのとおりになって、戦いは開いてゆく。 君自身がどれだけ題目をあげたかということでしょう。 題目をあげれば自然に教学が必要となります。 題目をあげれば自然にその仕事が充実します。 苦しいことだってある。 悲しいことだってある。 涙にむせぶ夜もある。 ひどい心の傷を受けた日だって、そんな時はぼくの心の扉をノックしてごらん。 ぼくの心は君のために開いている。 この耳だって、いつもどんな時だってきいてあげる。 この眼だって、ともに涙をいっぱいためてあげる。 うれしいことは云わなくてもよい。 君の顔を見ればわかる。 辛く嫌なことはすべてぼくに話してごらん。 君の重苦しい身体を半分背負ってあげる。 そして一緒に歩いていこう。 私が心に残ったところ、1つ目は、 一切題目だ。 百万言の指導より、百万冊の哲学書より題目です。 題目をうんとあげなさい。 なさい。 願いなさい。 この姿勢は、私自身まだまだ弱いと感じること多々あります。 池田先生のこの姿勢を、継いでいこう!! 2つ目に、ここを読んで涙した方もおられると思います。 ひどい心の傷を受けた日だって、そんな時はぼくの心の扉をノックしてごらん。 ぼくの心は君のために開いている。 この耳だって、いつもどんな時だってきいてあげる。 この眼だって、ともに涙をいっぱいためてあげる。 うれしいことは云わなくてもよい。 君の顔を見ればわかる。 辛く嫌なことはすべてぼくに話してごらん。 君の重苦しい身体を半分背負ってあげる。 そして一緒に歩いていこう。 これが、同苦する姿勢は、どういう姿勢だろうという疑問に答えるものだと思います。 私自身、に陥った時、この御指導を拝して、どれだけ、心が温かくなったかわかりません。 心理学を学んでいる人間として思うことでもありますが、これこそが、カウンセラーのあるべき姿であると思います。 私も、人を包み込める、元気・勇気・希望を与えていく存在になろうと、改めて決意!! に参加しております。 「ぽちっ」とヨロシク!.

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