ベートーベン 交響曲 6番。 Amazon

ベートーヴェン(交響曲第5番)

ベートーベン 交響曲 6番

そうだ、大阪、行こう。 たこ焼きを食べにでも「よしもとライブ」を見にでもありません。 私は行きそびれてしまったのです。 ピーター・ブリューゲル「バベルの塔」展の東京展へ。 東京展は7月2日までだったのを忘れていました。 しかし7月18日からは大阪でやるそうです。 よし、青春18きっぷで行こう!(2017年7月ごろの記事です) 私はピーター・ブリューゲルの絵画がとても好きです。 特に農民シリーズは当時の人々の様子がリアルに描かれていて、本当にその場にいる気がしてきます。 特に「農民の踊り」という作品が印象的です。 これを見ていると条件反射的に、ベートーヴェンの交響曲第6番の、どの楽章でも頭の中に流れてくるのです。 そんなわけで、今回はベートーヴェンの全作品の中でも特に大作であり、音楽史の中でも傑作である田園をご紹介しましょう。 運命と姉妹作? クラシック音楽の中で最も有名な第5交響曲とほぼ同時に作られたこの曲は、曲の雰囲気は全く正反対ですが構成がとても似ています。 また第3や第4交響曲に続いて、さらに斬新な演出をしています。 ソナタ形式の枠組みの中で、これまでの作曲家は成し得なかった試みがなされています。 しかもそれは200年近く経った今でも聴く人に強い衝撃を与えます。 曲そのものと各楽章に作曲者自身による標題がついています。 ベートーヴェンの全作品で作曲者によって名前が付けられたと推測されているものは、この田園とピアノソナタの「悲愴」「告別」「ハンマークラヴィーア」などが有名です。 他は他人が題を付けたものもあります。 逆にベートーベン自身が題名を付けたと言われているものの、現在では使われず番号で呼ばれるものもあります。 また、3楽章からは最後まで切れ目なく演奏されます。 これは最後に向かって盛り上げていく等の演出があるということです。 5番「運命」も同じで劇的な効果があります。 これは後のシベリウスの2番交響曲やショスタコーヴィチの交響曲などでも見られます。 さらに曲の作り方そのものまで共通点があります。 自然を歌う!ベートーヴェンの物語を味わおう! この動画はデトロイト交響楽団の演奏で大変すばらしいオーケストラです。 トランペットがピストン楽器を使っているところが特徴的です 1楽章・田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め 1楽章の1番最初で、前奏もなくいきなり旋律の1フレーズを歌いだします。 そしてすぐフェルマータ 一旦音楽をストップ します。 そしてさらにこの旋律を様々に変奏、展開させていきます。 この変奏曲の技術はベートーヴェンの得意とした所です これは5番「運命」と全く同じ手法です。 ジャジャジャジャーン!!!(静止)ジャジャジャジャーン・・・と同じです。 この手法は他の交響曲には見られません。 この1楽章ではまだ自然描写はなく、田舎に着いた時のワクワク感の音楽です。 青春18きっぷで遠出して秘境駅に途中下車した時のあの気分です。 小川の流れが弦楽器で表現されます。 さまざまな自然描写に木管楽器が巧みに使われています。 最後の方に鳥の鳴き声が木管楽器によって模倣されます。 (動画の23:21あたりから)この楽章はあたかも、木管楽器協奏曲の様です。 3楽章・田舎の人々の楽しい集い 先に出てきたブリューゲルの「農民の踊り」そのものです。 ホルンが大活躍です。 4楽章・雷雨、嵐 4楽章は切れ目なく、突然雲行きが怪しくなり、そして嵐と雷の音楽です!ヴィバルディの「四季」にも似た描写がありますがさらに激しいです。 古典派にはあまり見られない大胆な不協和音も使われています。 ここからトロンボーンも加わります。 ちなみに ティンパニはこの楽章のみ演奏します。 あとは全部休み。 もっと出番が欲しい! この楽章の描写はベートーヴェンらしい激しい音楽です。 雷の描写が素晴らしく、その激しさは嵐を超えて世界の終わりだ、とフランスの作曲家ベルリオーズは言いました。 「嵐ってレベルじゃねぇぞ!」 5楽章・牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち そして嵐が遠ざかっていき、感動的な晴れ渡った自然の讃歌。 太陽が眩しく射して、遠くまで広がる大地や、嵐の後の綺麗な輝く雲を見ながら、キラキラと大空を舞って昇っていくような、そんな感動があります。 終わりの少し前の盛り上がりでヴァイオリンが高音で音を刻み、全管楽器がテーマを吹くところはブルックナーを思わせます。 (動画の41:14から) そして最後はホルンが空に消え入るように主題を奏で終わります。 眠りそうなティンパニ奏者を横目に見ながら・・・ 間違いなく、ベートーヴェンの全作品の中でも、最も感動する曲の一つです。 この終楽章は第9交響曲と同じ位の大きな感動があります! 名盤紹介 大変な名作なので、第9交響曲同様手に入るCDはどれも素晴らしい名盤ばかりです。 その中で印象に残ったものを紹介しましょう。 check it out! サイモン・ラトルは今までにはないタイプの指揮者です。 音のバランスやテンポの揺れなどなど、とても個性的な音楽を作ります。 ベルリンフィルでもそうですが、このウィーンフィルでの演奏は楽器一つ一つが鮮明に聞こえて来ます。 また、1楽章の最初の旋律の歌わせ方で、絶妙なところにクレシェンドをかけたりするやり方などは他の指揮者にはない特徴です。 3楽章がとても面白い演奏で、最初は地味な柔らかい感じの音で進みますが、次第に盛り上がって、気付いたら音形も強めのスタッカートになっていて村人が徐々に増えてきて盛り上がる様子がハッキリわかる演奏です。 そして最高潮になったところで突然、村人達が雲行きを見上げる、そんな情景が目に浮かぶようです。 これは素晴らしい所です! また終楽章も、ウィーンフィルのきらめくような弦楽器が素晴らしいです。 昔に比べてウィーンフィルの音に個性が無くなったと言われることもありますが、まだまだそんなことはないです。 この田園はホルンの見せ場がたくさんあります。 盤によって演奏にもっとも違いが目立つのがホルンパートといっても過言ではありません。 数ある名盤の中で特にホルンの素晴らしさでこの演奏がダントツだと思います。 3楽章の軽やかさ、5楽章の最初のホルンソロ。 この柔らかくて遠くまで響くような、テノールのように艶やかで特徴的なビブラートをかける主席ホルン奏者。 その人の名は「ペーター・ダム」!ソロでは神がかりな演奏で、オーケストラでは比類ないアンサンブルを聴かせてくれます。 またホルンのペーター・ダムばかりでなく、とくに5楽章が逸品です。 所々にトランペットとホルンがファンファーレのようなフレーズを弦楽器と交互に歌うのですが、(動画の35:20や39:25あたり)ここの表現はこの盤が最も感動的です。 全体にとにかく音が素晴らしいです。 コリン・デイビスという指揮者はもっと評価されていい指揮者だと私は強く思います。 ブルーノ・ワルターが晩年にコロンビア交響楽団と残したステレオ録音の数々はどれも演奏、録音共に大変素晴らしいものばかりです。 ところで、このコロンビア交響楽団とはどんな楽団なのでしょう?コロンビアというと思い浮かぶのは陽気な南米の国、コーヒーの産地、なんか黒い服とサングラスをかけたコワイ人たちがいる、等等。 オーケストラのイメージとはちょっと違うイメージがありますが、コロンビア共和国にある楽団ではなくコロンビアレコードというメーカーのオーケストラです。 今はSONYの傘下になりました。 ワルター以外にもストラヴィンスキーが自作の曲をこのオケで録音しており、ある意味貴重な録音になっています。 おそらくニューヨークフィルやクリーヴランド管弦楽団などのメンバーをレコード録音のために編成した覆面オーケストラのようです。 実際ジョージ・セルという指揮者がクリーヴランド管弦楽団で録音しましたが版権等の関係でコロンビア交響楽団として残しています。 ワルターもニューヨークフィルでありながら覆面オケとして残しているものもあります。 実際聴いていても、かなり技術のあるオケです。 名盤として昔から有名ですが、演奏の特徴は1楽章の歌い方や音の処理にあります。 出だしの主題からハッとするような明確な音で、フレーズの終わりの音の処理も短めに切ります。 これがとても活き活きした印象を受けます。 これがワルターの良さです。 それにしてもアメリカという国は何でも世界一ですね。 このシカゴ交響楽団のアンサンブルの神がかりぶりはここでも発揮されています。 しかも上手い!!さすがシカゴです。 (した箇所です) 楽譜は簡単ですがヴァイオリンと呼応するようなこのファンファーレは、トランペットとトロンボーン奏者にとって、この曲唯一の聞かせどころです!!この部分が良く聞こえてくるのは、今まで聴いた中ではこのショルティとコリン・デイビスの演奏のみの様です。 また3楽章のホルンセクションは、このシカゴ交響楽団もっとも完璧です。 ここが違うよ。 フランス・ブリュッヘンはバロックリコーダー奏者として有名ですね。 18世紀オーケストラは、彼が私財を投じて世界中から古楽器奏者を集めて結成された臨時楽団のようなものです。 さっきのコロンビア交響楽団のような感じです。 演奏は弦楽器はガット弦という自然の素材を使ったものを使っています。 ガット弦は羊の腸が原料です。 そしてノンビブラートで演奏します。 またピッチも現代の約442Hzではなく当時の約430Hz位の低いピッチなので印象が違います。 ブリュッヘンの素晴らしい点は、ただ古楽器にこだわっただけでなく、演奏も大胆にテンポを変えたり、思い切った熱い演奏を聴かせてくれます。 ウィーンフィルは世界中のオーケストラと比べ、ちょっと違うオケです。 独自の伝統を重んじており、楽団一人一人のプライドは非常に高く、指揮者との相性によって、演奏にかなりの差が出てきます。 団員と上手くいかない指揮者は逆に団員からダメ出しを受ける等、大変だったようです。 とくに全盛期と言われたカール・ベームが指揮者だった60~70年代は、日本では大変な人気でした。 ゲオルグ・ショルティもかなり苦労したそうです。 ウィーンフィルとの演奏で最も楽しかったのは帰りの飛行機に乗るために空港へ行く時だったとか。 ウィーンフィルの特徴ですが、特に弦楽器とホルンが顕著です。 ホルンはウィンナホルンというピストンのホルンで、はっきりした固めの音が特徴です。 これはカール・べームの指揮でよくわかります。 また弦楽器の音色は不思議で、とくに高価な楽器でもなく、団員の自前の楽器ではなく楽団の備品の楽器なのだそうです。 イッセルシュテットの盤で弦の特徴がわかると思います。 この盤が録音されたのは「ウィーンゾフィエンザール」というプール施設の、プールの上に床を作って、その上で録音されたのです。 そのせいか響きがとてもいいです。 ベートーヴェン偶数交響曲、奇数交響曲 ドイツ人と日本人は似ている点があるようで、何かをグループに分類したりするのが好きなようです。 よく言われるのが、9曲ある交響曲の奇数番号は激しい曲で、偶数番号の曲は穏やかな曲という説です。 私が思うに曲の作り方や、雰囲気や楽譜の特徴などからどちらかと言うと、1と2、3と4、5と6、7と8、そして別格的なところで9番、という分類がふさわしいと思っています。 1と2は初期の実験的なオーケストレーションが見られて、どちらかと言うと初期のピアノソナタのような曲の感じがします。 3と4で大きくソナタ形式を自由に、劇的な演出を施しながらベートーヴェンらしい激しさがみられます。 5と6は「精神の闘い」と「自然への賛美」を音楽で表現し、ベートーヴェンの顔として決定付けた大傑作です。 ちなみに運命と田園は同時に初演されました。 そのとき番号は逆で、5番が田園で6番が運命と名付けられていたようです。 7と8はリズムと音楽の可能性を追い求めた二つの傑作です。 ベートーヴェンはメトロノームのテンポの正確さに魅せられていたようで、特に8番交響曲はまさにメトロノームが必要不可欠のような刻みの多い曲で、一見軽い曲のように見えますが、非常な難易度の曲と思います。 そして有名な7番。 まさにリズムを究極まで昇華させてさらにその上に分厚いオーケストレーションを乗せた大曲です。 そして第9番ですべてを盛り込んだ。 こんな感じで私はベートーヴェンの交響曲を捉えています。 ちなみに、交響曲10番にも着手して未完に終わっているようです。 いまではトンデモ曲的な扱いを受けていますが、実はゲーテの思想を音楽にしようとしていたらしく、これは後のマーラーの交響曲8番「千人の交響曲」という超大作につながったもの、と私は見ています。 これはいつか機会があればお話しましょう。 乞うご期待です! ベートーヴェンはどんな人? ベートーヴェンというと、こんな容姿のイメージがあると思います。 髪はボサボサで黒くて長いコートを着て、しかめ面でそれこそ田園をウロウロ散歩している気難しい、ホームレスっぽい怪しい男・・・・ 彼の弟子でピアノの(地獄の)教則本で知られるツェルニーは師匠であるベートーヴェンを「無人島に放置してもしぶとく生きていそうwww」(ロビンクルーソーという架空の冒険家の様という意味)と言っています。 今の時代、私たちが思い浮かぶイメージもそんな感じですね。 しかし、本当にそのような人だったのか?近年では実はキチンと身なりも整えていてオシャレもしていたのではないかといわれています。 ベートーヴェン自身は自由な考えの持ち主でしたが、当時の政治家にはそれは厄介な存在で、意図的にそのような変人に仕立てられたのではないか、とも言われています。 いずれにしても、髪がボサボサ=芸術家、みたいなイメージを焼き付けたのは確かですね^^ この記事が完成目前の所で外を見たら、台風が去って空から一筋の光がさして来て、本当に5楽章が始まりそうです。 さて、これから青春18きっぷで大阪までぶらり途中下車の旅に出かけますか^^途中の車窓からの田園風景を見ながら、目的はブリューゲル展へ! ああ、でも今回は「バベルの塔」で農民シリーズは展示されないのですね、残念!.

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ベートーヴェン 『交響曲第4番』 中川隆

ベートーベン 交響曲 6番

この年はラズモフスキー四重奏曲集、ピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリン協奏曲、オペラ《レオノーレ》第2稿などが作曲されたベートーヴェンの創作意欲が旺盛な時期であり、この作品も比較的短期間に仕上げられている。 10月中には作品が完成し、献呈先のオッペルスドルフ伯爵(英語版)に総譜が渡されたと考えられている。 ベートーヴェンの交響曲の中では古典的な均整の際立つ作品で、ロベルト・シューマンは、「2人の北欧神話の巨人(第3番と第5番のこと)の間にはさまれたギリシアの乙女」と例えたと伝えられている。 また、エクトル・ベルリオーズは「スコアの全体的な性格は生き生きとしていて、きびきびとして陽気で、この上ない優しさを持っている」と評した。 しかし、そのようなイメージとは異なった力強い演奏がなされる例もあり、ロバート・シンプソンは「この作品の持つ気品は『乙女』のものでも『ギリシア』のものでもなく、巨人が素晴らしい身軽さと滑らかさで気楽な体操をこなしているときのものなのだ。 ベートーヴェンの創造物には、鋼のような筋肉が隠されている」と述べている[1]。 初演 1807年3月、ロプコヴィツ侯爵邸で開かれた私的演奏会で、ベートーヴェンの指揮によって初演された。 なお、同じ演奏会で『コリオラン』序曲とピアノ協奏曲第4番も初演されている。 公開初演は1807年11月15日にブルク劇場で行われた慈善演奏会において、やはりベートーヴェンの指揮で行われた。 楽器編成 標準の二管編成よりさらにフルートが1本少なく、ベートーヴェンの交響曲の中で最小である。 wikipedia. 交響曲4番、ヴァイオリン協奏曲、歌劇『レオノーレ』(第二版、序曲は『レオノーレ3番』)、弦楽四重奏曲7〜9番『ラズモフスキー1〜3番』等正に錚々たる顔触れといったところだが、このピアノ協奏曲4番も決して忘れる事の出来ない傑作である。 ベートーヴェンというと、交響曲『英雄』や第五の様に、重厚さや激烈さを秘めた作品をイメージする者が少なくない。 しかし、彼が尊敬するモーツァルトとはまた別の優しさや美しさに満ちた作品を数多く遺している事も確かである。 1806年に書かれた交響曲4番、ヴァイオリン協奏曲、そしてこのピアノ協奏曲や『ラズモフスキー』等にはそうしたベートーヴェンのもう一つの面が顕著である。 これには楽聖の恋愛事情も関係あると見なされる。 ベートーヴェンは旧知の貴族、ブルンスビック家の娘で、未亡人となっていたヨゼフィーヌに当時入れ込んでいたという。 嘗てはこの年にベートーヴェンはヨゼフィーヌの姉、テレーゼと婚約した事から作品にその影響が反映されていると言われていたが、今では楽聖がこの時期ヨゼフィーヌに思いを寄せていた事が判明し、婚約説は否定されている。 相手がテレーゼだったにせよ、ヨゼフィーヌだったにせよ、ベートーヴェンが女性美に通じる優しさや美しさを持つ作品を書いた事だけは確かな事である。 勿論、ベートーヴェンはベートーヴェンだ。 単に優美なだけの作品は書いていない。 主題の提示方法、展開手法、表現手法何れも彼ならではの独創性を盛り込んでいる。 正に創造力が爆発している。 だからこそ、この時期の作品群が「傑作の森」と称されるのである。 cafe. coocan. ヨゼフィーヌは後に精神の病で天国へ逝ってしまうが この時ベートーヴェンの第9の3楽章がスケッチされている ベートーヴェンの子供ミノナはヨゼフィーヌの姉に育てられ成人後は生涯独身で長寿を全うした。 ベートーヴェンは大変なロマンティストで、若い頃にはいつも恋をしていた、といいます。 「憧れ」の対象になる女性を見つけては、情熱を燃やし、それを自分の創作活動のエネルギー源にしているのです。 そうしたベートーヴェンの数少ない「本物の恋」の相手になったのは、ハンガリーの貴族ブルンスウィック家の令嬢で、ヨゼフィーネ・ダイム伯爵未亡人でした。 この人との恋愛関係は、1804年から1807年まで続いていますが、恐らく身分の違いが原因で、この恋愛はつぶれてしまいます。 ヨゼフィーネ・ダイムは、平民のベートーヴェンに対して、貴族の誇りを捨てることが出来なかったのでしょう。 ベートーヴェンはアントーニアとボヘミアで幸せな時間を過ごすが、当時ベートーヴェンはアントーニアとその子供達も連れてロンドン移住を真剣に考えていた アントーニアは夫と別居していて夫婦間は冷めていた。 ベートーヴェンはアントーニアの家族と一夏を共にし人生で最も幸福な時間を過ごす。 その後ベートーヴェンはアントーニア達と行動を別にして弟のいるリンツを訪れるが、このリンツ滞在中に突然幸せ絶頂だったベートーヴェンとアントーニアの関係は崩壊してベートーヴェンは絶望のどん底に突き落とされる。 当時の日記の幸福から絶望への豹変は生々しい。 実はベートーヴェンが以前愛していたヨゼフィーヌがベートーヴェンの子供を妊娠していた。 かつての恋人ヨゼフィーヌがベートーヴェンに悩みを相談しに会いに来たときにできた子供とされ あらゆる研究からこれは間違い無いとされている 、おそらくベートーヴェンとアントーニアが別れた原因はベートーヴェンがアントーニアにこのヨゼフィーヌが妊娠した事実を報告したからと言われている。 ベートーヴェンの予想に反して、アントーニアはこのヨゼフィーヌの妊娠を理由に2人は別れる運命と決心して、離婚するつもりでいた夫とよりを戻し一緒に暮らすようになる。 ベートーヴェンはヨゼフィーヌと別れた後も事業に失敗した彼女を出版社などから大きな借金をして助けたが(1816〜17年)、結局ヨゼフィーヌは精神の病にかかり、1819年には幻覚の中だけで生きるようになり1821年に天国へ逝ってしまった。 この同じ頃に、第九のあの美しい3楽章がスケッチされてる…。 fujioka-sachio. htm 不滅の恋人は現在ではアントーニア・ブレンターノ(夫とは別居してた)に間違いないとされる。 出会いは1810年で翌年に喜びに狂喜乱舞する7番が生まれる。 有名な不滅の恋人への手紙(ベートーヴェンの死後に発見された)は、1812年の夏のチェコ旅行直前に交わされたもので、アントーニアが妊娠を告げた内容とされる(ベートーヴェンの子供か旦那の子供か2つの説がある)。 この手紙の後にチェコ旅行で2人は幸福な時間を過ごし(この時の想い出が8番に込められてる)、ベートーヴェンはアントーニアとその子供とのロンドン移住を真剣に考えていたが、旅行が終わった直後に破局を迎え、アントーニアは夫の元へ帰る。 それ以後もベートーヴェンはアントーニアを愛し続け、最後の3つのピアノソナタにも不滅の恋人への想いがこめられている。 ベートーヴェンには不滅の恋人と出会う前の恋人でベートーヴェンの子供まで産んだヨゼフィーヌという女性がいた。 ベートーヴェンはヨゼフィーヌと別れた後も事業に失敗した彼女を出版社などから大きな借金をして助けたが(1816〜17年)、結局ヨゼフィーヌは精神の病にかかり、1819年には幻覚の中だけで生きるようになり1821年に天国へ逝ってしまった。 この同じ頃に、第九のあの美しい3楽章がスケッチされてる…。 アントーニアにしても、ヨゼフィーヌにしても人妻だったことからベートーヴェン死後も周りの人間が秘密を厳守した。 ヨゼフィーヌが亡くなった1921年当時のベートーヴェンの会話帳のページは、ヨゼフィーヌの親族の要望で破棄されてしまったらしく破られて無くなっているという。 またベートーヴェンの子供ミノナはヨゼフィーヌの姉によって育てられた後、生涯独身で長寿をまっとうした。 fujioka-sachio. htm fromsachio20130920-Beethoven-symphonyNo9-02 「不滅の恋人」 が誰だったのかやっぱり気になる。 世界的な権威であるベートーヴェン研究者の 青木やよひ 女史の 「アントーニア」 説が最も説得力があるが ・・・ 第九を指揮してると 「ヨゼフィーネ」 説を信じてしまう ・・・ 何故ならば、第九を作曲していたときにヨゼフィーネは天国にいて、アントーニアは生きていた ・・・ 「天上の楽土から来た娘」 という言葉や、 「天使」 と言う言葉が明らかに 「不滅の恋人」 に重ね合わせられてると僕には感じるので、 どうしても生きていた女性より天国にいる女性を想像してしまう・・・・・ またあの第3楽章の美しい旋律は 「ヨゼフィーネ」 が死んだ1821年にスケッチされたとも言われてる ・・・・・ 第3楽章の後半はまるで恋人と夢の中で踊っているようだ ・・・・・ 50歳頃 1820 「第九」を作曲 していた頃。 ちなみにどちらの女性とも不倫関係にあり、 (だからベートーヴェンや周りの人たちが秘密を守り未だに恋人が特定できない) ヨゼフィーネとの間に子供がいたことは確証されている。 いずれにせよベートーヴェンの不滅の恋人に対する想いやいかに!! ・・・だ。 これは第九だけに限らず、最後の3大ピアノソナタにも大きく影響している。 fujioka-sachio. 特に「スタジオ録音」と記載のないものはすべてライヴ録音です。 Beethoven:Sym. 3 は未発売。 4 in four concerts, 27th - 30th June 1943 in the Alte Philharmonie Berlin, as part of a pure Beethoven program, together with Coriolan overture and the 5th Symphony. 27-30 June 1943 BPO Philharmony without audience DRA 5500557 Beethoven:Sym. Live : Melodia D09083-4 65? 4 had two sorts of different live performances. 米Vox系、DG旧盤及びメロディア最初期盤=青色大聖火ガスト56は完全放送録音。 浅岡氏所有LPによると、白または桃色大聖火ガスト61では完全放送録音盤と1,2楽章のみ実況盤が混在している。 ピンクレーベル ガスト61 メロディア盤とそれをコピーした旧西側のレコードは1,2楽章のみ実況盤。 但し70年頃までDG旧盤とその音源提供元の旧東独エテルナ盤は44年の放送録音 放送されたのが44年3月 で上記2盤とは別録音とされていた。 Vox盤はバイエルン放送から正式に入手したものという説もあるが、音質はDGに劣る。 実況盤は1分45秒付近に大きな物音があるが、他はミスもなく、終楽章の迫力は凄い! なお、完全実況盤は韓国ポリグラムLPやDG盤CDが初出盤とされていたが、現在では73年頃発売された黄レーベルのメロディア盤が初出とされている。 つまり、メロディア盤は発売時期によって放送録音 59年頃 、ハイブリッド 66年頃 、実況録音 73年頃 の3種が存在する。 Vox、メロディアは正常。 初期のメロディア盤はオリジナルテープからと思われ、明快な音質。 SWFLPやオーパス蔵盤が最初期全楽章放送録音のメロディア板おこしとされる。 特に蔵盤は、最も明瞭度を高めた今後の標準盤という声も高い。 Venezia盤はさらに明瞭だが針音も盛大。 仏フ協会報2002-1では、SWF8801に収録された第4の第1,2楽章は、現在流布しているロシアから返還されたものとは別の実況盤という。 SWF011-3では3種の異なる演奏という名目で頒布されたが、全楽章通し演奏と思われるSWF011の演奏は全て53年VPO盤 SWF892 と同じ演奏。 SWF012の1,2楽章は現在メロディア盤などで流通しているLiveと同じもの。 清水氏によれば、SWF8801も今までと同じ演奏という。 再登場したSWF011Rも従来と同じ演奏で、結局43年 No4 Liveは現時点で1種類しか確認されていない。 DRAではDRA 1590084として24分11秒の2,3,4楽章の別テープが存在するが、別演奏かどうかは不明。 75年東芝から「世紀の9大指揮者によるベートーヴェン交響曲全集 EAC47009-14 」で日本初出LPが出た。 SP片面ごとに収録したオリジナルテープを LP用に編集したと思われるテープが使われていると思われたが、若干周期ノイズと思われる部分もあり、即断できない。 全集盤からの分売WF70045 はつなぎ目の粗さはあるが、比較的聞きよい音質だが、同じような条件の7番よりも東芝TOCE37xx同士の比較では音質が悪い。 XII. 1952 VPO Musikverein EMI studio Version Beethoven: Sym. : : [-837] 1953年 4 Sep. 1953 VPO MunichDutchMusium Bavarian Radio Beethoven Sym. これはホールの影響なのだろうか。 ベト4 の SWF011-3 に含まれる43年録音とされる演奏は、この53年盤と同じ演奏。 : : [-836] ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベートーヴェン 『交響曲第4番』 ベルリン・フィル----1943年6月27-30日、放送用録音 DG。 POCG 2349。 カップリングはピアノ協奏曲第4番(ハンゼン)。 11:16, 12:08, 5:42, 7:01 このほうが、下のライヴよりも音質・演奏ともに自然である。 西ドイツに残されたマグネットフォン録音から比較的早い時期にDGがリリースしていたものである。 F20G 29090。 カップリングは、ヘンデルの合奏協奏曲op. 6-10。 11:09, 11:59, 5:30, 6:51 マグネットフォン録音がソ連から変換された時にCD化されたものである。 残響が不自然なのと、ややテンポが急速すぎて踏み外しすぎたところがあるように思う。 ほとんど同じ時期に 「POCG 2349----全楽章聴衆無し」 「F20G 29090----全楽章ライヴ」 と完全に2通りの録音がなされていたわけである。 (同様の例が、戦後のブルックナー第8番でもある。 ) POCG 2349の桧山浩介氏の解説によると、昔のメロディア盤LPや、EMIユニコーンから発売されていたものは「聴衆無し放送用録音の第1・2楽章と、ライヴの第3・4楽章をつなぎあわせたもの」だったという。 しかし、同じメロディア盤でも93年のCD MEL10 00719 は全曲ライヴである。 同時期の第7番と同じ録音方式(つまりSP1面分ずつ細切れのテープ録音)である。 私は初め、これをHS-2088リマスターの国内盤で入手した(2000年6月発売)のだが、このCDは第1楽章4分45秒あたりで、編集にキズがあり「おかしな演奏」に聞こえる。 これに収録された第7番はLP用テープではなくSPレコードから復刻したものなので、この曲もおそらくそうしていると予想される。 所用時間は、10:53, 12:20, 5:58, 7:28。 この演奏は気合いがみなぎっている。 音の出し方ひとつひとつに神経を使っている。 全集中の録音である。 10:32, 11:44, 5:57, 7:29。 録音は良いのだが、演奏の燃焼度は低い。 カルロス・クライバー盤が出るまでは、この曲をやや柔和なイメージ(ベートーヴェンの偶数番号)でとらえる演奏が多かったので、これもアリなのだろうが..。 3・4楽章の所用時間は50年録音とほとんど変わらないのだが、どこか流しているような印象がある。 1953年9月4日、ミュンヘンでのライヴ録音。 2度目のスタジオ録音よりもあとのため、終楽章も落ち着いたテンポではあるが、テンションは高い。 同日のエグモント序曲も収録されている。 4 , Concertgebouworkest, 1956 09. 1956, Concertgebouw. 4 in B flat major Op. 60 OTTO KLEMPERER Otto Klemperer conductor New Philharmonia Orchestra Royal Festival Hall London 1970. : : [-834] カルロス・クライバー ベートーヴェン 交響曲第4番 カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団 1982 Conductor: Carlos Kleiber Orchestra: Bayerisches Staatsorchester カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団 ORFEO。 1982年5月3日、バイエルン国立歌劇場でのカール・ベーム追悼コンサートのライヴ録音。 私が学生生活を始めた84年にLPで発売され、ものすごいセンセーションをまきおこした超名演である。 このレコードがでる以前は、いわゆる「ベートーヴェンの偶数番号=優しいイメージ」という言われ方がなされていた。 実際は、フルトヴェングラーなどの戦時中の録音を引き合いに出すまでもなく、カラヤンなども終楽章で結構なスピードで演奏していたのだが、それにもかかわらず「偶数番号はワルターやベーム」ということで、何となくのどかな演奏こそがふさわしいとされていたのであった。 ほぼ同じ頃にブリュッヘンが18世紀オーケストラとの録音を出すようになったため、吉田秀和氏がそれらを並べて「男性的なベートーヴェンが復活してきた」といったような評論を書かれていたと記憶している。 2011年、シングルレイヤーSACDでもリリースされた。 2005年初頭、同日演奏の第7番もORFEOからCD化された。 PHILIPS。 1983年ライヴLD。 第7番とカップリング。 CDよりも躍動感にとむ超名演!とにかくクライバーの指揮は「見たい」。 これもまた私が学生時代に、学生生協でレーザーディスクプレーヤーのデモで毎日のように見ていたものである。 彼の死後、DVD化されたので購入(写真)。 1チャンネル・サラウンドにも切り替えられる。 また、LDではA面に第7・B面に第4が収録されていたが、DVDではコンサートの曲順通り第4・第7の順で収録されている。 Kleiber Bayerische Staatsorchester 1986 Movie Live Carlos Kleiber Bayerische Staatsorchester 1986. 19 Tokyo. Japan Live カルロス・クライバーも死後急速に忘れ去られましたね。 フルトヴェングラーやブルーノ・ワルターより 2ランクか 3ランクは落ちる評価になってしまいました。

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ベートーヴェン交響曲第5番「運命」を解説!誰もが聞いたことのある名曲を改めてもう一度

ベートーベン 交響曲 6番

田園交響曲をどう聴いたらいいのか? 若いころはこの曲が苦手でした。 第1楽章は延々と同じ和音に土くさい音型のくりかえし。 とにかく目立った変化がありません。 「ザルツカンマーグートを見たことのない者にベートーヴェンの田園交響曲は解釈できない」 というユーディ・メニューインの言葉ですが、なるほどと思うようになったのは40代の後半、スイスでの2年半の生活を経てのことです。 この交響曲の第2楽章に、家族とよく行ったグリンデルワルドの思い出が重なるようになりました。 ユングフラウへ登る鉄道の始発駅クライネ・シャイデックからそこまで子どもたちをつれたトレッキング。 丘を歩くこと約3時間。 ひんやりとおいしい空気、右手にアイガー北壁、左手に遠く雪をかぶるアルプスの山並み、青い空、なだらかな丘と草原、あったかい陽だまり、白い雲、足元にはかわいい草花、小川が流れる、ごろごろした岩、黒い雲、急にぱらぱら降る雨、森が現れる、鳥のさえずり、りすが出てくる・・・・これを経験した当座でなく、思い出になってしまってからそうなるのが不思議なところです。 以前にのブログにこう書きました。 「新日本紀行のテーマ。 君が代を思わせるメロディーと素朴なコードが日本人のこころをぐっととらえる不思議な力を持っているように思います。 このメロディーを好きになってくれるなら、どこの国の人でも仲良くなれそう・・・」。 おそらくこのテーマは日本のどこの風景を描写したものでもないでしょう。 日本人なら誰もがどこかでもっている「日本的なものの思い出」、そういう心象風景が音になっているように思います。 オーストリア、スイス、南ドイツの人にとって田園はそういう風にとらえられる音楽ではないかと思います。 しかしながら、「自然が人の心に呼び起こす感情が表現されている」とベートーベン自身が書いているのですから、この音楽に感動するならばそれが呼び覚ました思い出がどこのものであってもよいでしょう。 別にザルツカンマーグートを見たことがなくてもご自身のお好きな田園体験を想いおこして幸福感にひたれるならば。 ちなみに僕は岩手の八幡平で行った藤七温泉へ向かうときの楽しい気分なんかでもけっこうサマになるなと思ってます。 シューベルトに出来なかったこと この曲の作曲当時、交響詩というジャンルはありません。 ロマン派という概念もありません。 もしその両方があったら、ベートーベンはこの曲のコンテンツを交響詩にしただろうか?僕の想像はノーです。 彼はやはり交響曲を書きたかったのであり、彼の関心はそれとpastoral 風コンテンツの融合にあったと思います。 未完成交響曲の稿で僕はシューベルトの直面したと思われる同じ問題を論じました()。 交響曲というロジックとそれになじまないコンテンツ(ストーリー)。 両者を融合することはシューベルトには難題でした。 しかし変奏の達人であったベートーベンはその見事な解答をこの曲で提示しています。 交響曲では変奏という技法はソナタ形式の展開部に主に披瀝されるものですが、それを展開部以外でも駆使する。 そうしてソナタ楽章のいたるところに判じ物のようにストーリーを暗示するキャラクターを刻印することでそれを切り抜けているのです。 ちょっと細かい話になって恐縮ですが、キャラクターは「田舎についたときの楽しい気分」のようなストーリーを含む主題やその部分的抜粋によってできています。 それをひとつの部位として変奏していくのです。 ここでいう変奏は、大昔の中国人が象形文字としての漢字を歴史の中で組成していく段階で木や人や水などの基本的な象形を部位として、それらを他の部位と組み合わせることで多様な文字を生み出していったのと似ています。 素材として元々は絵なのですが部位としてはそれが高度に抽象化、象徴化され、もはや木や人の写生画(アート)としての意味はありません。 しかしそれが元来は木だった人だったという認識は伝わりますから、たとえば林や橋という字が木に関係したものだということがわかります。 まったく同様に、「田舎についたときの楽しい気分」も、変奏という技法を通じてストーリーが伝わるのです。 田園交響曲の子孫たち この方法論は非常に画期的です。 例えばこれは、田園交響曲に魅入られて楽章ごとの細かい情景描写まで自分で書いているフランス人のエクトール・ベルリオーズが幻想交響曲で「恋人のテーマ」としてすぐに具現化しています。 そしてベートーベンの信奉者であったリヒャルト・ワーグナーの「ライトモチーフ」という手法に遺伝していきます。 登場人物や場面に特定のテーマ(旋律、和音)を割り振って聴衆に記憶させ、後にそのテーマだけで人物や場面を連想させる効果を駆使して彼は長大なドラマの錯綜した心理状況を立体的に描写できるようになりました。 イタリア人のジャコモ・プッチーニにまでこの手法は遺伝しています(をご参照ください)。 交響曲ではやはりフランス人のセザール・フランクの循環形式が生まれます。 幻想交響曲は特殊な例であって、一般に交響曲は抽象音楽です。 ストーリーや特定の人物、場面はありません。 しかしそういう設定でも、あるテーマ(主題)を全曲で登場させて有機的な統一感を持たせる手法が循環形式です。 田園交響曲の第5楽章の最後(第237小節)で一切が鳴りをひそめ、弦だけの四重奏で冒頭の牧歌の変奏が Sotto voce で静かに感動的に歌われます。 これは同じヘ長調の弦の四重奏で開始したこの交響曲の冒頭「田舎についたときの楽しい気分」のエコーであり回想のように聴こえます。 この素晴らしい効果は循環形式のもっともインパクトのある方法論のひとつとして定着します。 例は枚挙にいとまがありません。 僕が最も効果的と思うものを3つ挙げましょう。 まずフランクの交響曲ニ短調では第2楽章のテーマが回想されます。 ブラームスのクラリネット五重奏曲では、終曲の最後の最後になって曲の最初も最初のテーマが突然そのまま回帰します。 この鮮やかな衝撃はいつ聴いても胸を打たれます。 そしてヤナーチェックのシンフォニエッタにも同様の冒頭ファンファーレ回帰があり、やはり同様に衝撃と深い感動を覚えます。 ベートーベンの6番がいかに音楽史の中で画期的、革命的な音楽か。 とてもブログの字数で語り尽くせるものではありません。 ベートーベンの天才とは? 6番にはそのような 決定的に強力なミクロ構造が底流にあります。 我々はベートーベンの描いた鳥の声やらくつろいだ気分やらに癒されて感動しているのではありません。 彼の天才はそんな素朴なものではないのです。 それは新日本紀行のテーマ的な「心象風景の素材」が与える、ある意味で素朴、原始的なキャラクター、部位に起因するイメージにすぎません。 それを素材とした「極めて高度に抽象化が可能な仕掛け」を発明したことこそ彼の天才の本質です。 僕にとって彼はアスペルガー症候群的な特徴を持った創造的天才たち、アインシュタイン、レナオルド・ダ・ヴィンチ、アンデルセン、ダーウィン、ルイス・キャロル、キルケゴール、ヒッチコック、エジソン、ゴッホ、ディズニー、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズといった人たちの中でも最右翼クラスに位置づけられる人です。 そういう人たちの特性として、彼は同じオペラに4つも序曲を書いてしまう妥協なきこだわり男です。 アン・デア・ウィーン劇場での5番と6番の初演にあたってのプローベではオーケストラと衝突し、怒り心頭の団員たちから練習中はあいつを部屋に入れるなと締め出されてしまったほどです。 耳が聞こえなくてキューがわかりにくかったからという説もありますが、完全に聞こえなければ指揮台にも立てないはずですからやはり細かいこだわりで激突があったのではないでしょうか。 にもかかわらず、現代の多くの指揮者は、作曲家が楽章ごとのストーリーを書いたものですから、そういうマクロ構造にばかり心を砕いているように僕は思います。 そういう演奏なら団員と衝突こそ起きませんが、我々ロマン派を知っている耳に心地のよい甘目のアプローチに音楽が流れてしまうのです。 そういうものはベートーベンの天才の本質とはかけ離れた演奏であり、ムード音楽や映画音楽のたぐいであって僕の関心事とも程遠いものとなってしまうのです。 まさにザルツカンマーグートの味わいを知った愛情に満ちた指揮であり、息子のカルロスをつれてトレッキング(ドイツだとヴァンデルンですね)していたのかなあと感嘆してしまいます。 第1ヴァイオリンの主題からしてもう鳥の声です。 旋律は心を込めて歌いぬき、チャーミングな木管がそれにからんでえも言えぬ立体感を生み出す美しさには言葉を失います。 第1楽章はやや速めに入って15小節目でfをふっとpに落とす間のうまさ。 スケルツォで農民が退散する場面のプレストをこんなに活かした指揮者は誰もいません。 嵐のティンパニを効かした堀りの深いインパクトがあってこそ湧き起る神への感謝の深々とした味わい。 いいですね。 このシンフォニーにしか感じることのないジーンと心の底から温まったようなぬくもりのある感動を覚えます。 アムステルダムのオーケストラはクライバーに共感していたのでしょう、フレージングの指示を克明に生かしていますが硬さがありません。 すべてが自然に流れます。 この演奏にはたくさんのことを教わりました。 多少アンサンブルの雑に聞こえる箇所はあるものの、このオケを得たことは大きなプラスだったでしょう。 息子はこの演奏を聴いて、6番を正規録音しなかったそうです。 ジョージ・パラダイスといってレコードまで録音した腕前です。 「指揮者は誰が良かった?」ときいたら「ダントツでポール・パレーです。 彼の指揮でワーグナーをやれたのは最高の幸せ!」と投げキスまでしました。 パレーはあのラヴェルが取れなかったローマ賞を受賞した作曲家でもあります。 この田園、初めて聴くと仰天の快速テンポですがこれがほぼスコア指定のテンポです。 よく聴くと実に含蓄に富んだ表現でカラヤンのような「スポーツカーで走り抜けた」感じではありません。 朝比奈隆氏によると第1、5楽章はffのピークへうまく音を強めていくのが非常に難しいそうですが、それは要は遅すぎることの証拠であって、このテンポなら自然に頂点に登るのではないでしょうか。 音はモノラルですがデトロイトのオケは健闘しており、第2楽章の木管は欧州のトップクラスに遜色ありません(パレーはドビッシー、ラヴェルもこのオケから完全にフランスの音を引きだしており素晴らしいものです)。 嵐が去って神への感謝。 再現部は牧歌主題が十六分音符に変奏されて和音進行だけの「カラオケ状態」になりますが、絶妙で主題が聞こえてくるようです。 そして上記の Sotto voce の部分ではぐっとテンポが落ち、感謝は宗教的な感情に昇華して最高に感動的なエンディングを迎えるのです。 駈け抜けてきたのはここの部分のコントラストのためだったかと感じるほど見事です。 奏者たちが最美の音を惜しげもなくふりまいています。 こういう最高級のトルテみたいな「おいしい」音程、そうしか表現のしようがないのですが、この管弦の艶やかな音程の良さというのはウィーンpo以外に絶対にありません。 第2楽章はベートーベンの管弦楽法が冴えわたった楽章で、例えばチェロが2人だけソロパートを弾きます。 そのピッチカートまで最高に心のこもった音が出ている美しさはもうため息もの。 木管はこの曲で重要なクラリネットのうまさが快感です。 まさに室内楽です。 そうはいってもテンポやフレージングは厳格に指揮者のコントロールのもとにありベーム最晩年の練達の棒を感じます。 第3楽章はやや遅め。 重厚でベートーベンらしい第4楽章の嵐を経て終楽章。 牧歌はコクのあるウインナホルンが効いてザルツカンマーグートを思い出させます。 僕の装置では最後のffでやや弦がにごって聴こえるのが残念ですがSACDだとどうなのか試したくなります。 初めで田園を聴かれる方はモノラルのクライバー、パレーではなく、ムジーク・フェラインの見事なホールトーンをともなって鳴り響くウィーンフィルが良い録音で聴けるという意味でもこのベーム盤をお薦めします。 僕もそれでこの曲を覚えましたが、第1楽章は例の繰り返し音型でアッチェレランドがかかるなど天衣無縫の名人芸の連続で最高の演奏のひとつです。 ただ第3楽章が遅くてインパクトがなく嵐も上品なので終楽章が生きません。 同じスタイルでそこを満足させてくれるのがこのジュリーニ盤です。 彼がロスフィルを振った演奏はみなそうですが、金管がアメリカのオケ特有の派手で下品な音を発しないのは特筆すべきでしょう。 第1楽章は遅めのテンポでロス・フィルの弦をしっとりと歌わせますがフレージングは磨きこまれていて、気分で流すような演奏とは一線を画しています。 第2楽章の木管も美しく明るめの音調と見事な音程で癒されてしまいます。 ベートーベンのスコアがこんなに上品でカラフルだったかとため息が出るほど。 第3楽章のリズムはエッジがありダンスになっています。 第4楽章はティンパニとピッコロ、トロンボーンを生かした強い表現で全曲の極点を築きます。 強烈なパンチ力ですがオケが荒っぽく鳴ることは一切なく、知的で整然とした指揮者の統率力を感じます。 これが効いているので雨が上がって陽光がさす場面は大変感動的で、弦のレガートが心にしみわたります。 好みの問題ですが、ベーム盤より歌があって華もあるこちらをファーストチョイスにされてもよろしいと思います。 深呼吸するようなフェルマータ。 おどりだすように楽しいオーボエ。 フルートがさえずる愛らしい小鳥(僕はこの鳥が一番好きなのです)。 心がこもったヴァイオリンが喜びの歌をかなでるとホルンが遠くの山並みをうつしだす。 オーケストラが指揮者に心服しています。 そうでなければ出ない音が聞こえます。 これは僕の知る限り最高級の第1楽章です。 第2楽章はちょっとはやい。 おしい。 もっと楽しみたいのに。 でも小鳥たちの歌のなんと美しいこと!農民ダンスは活気のあるテンポ。 これでなくては。 スケルツォなのにほとんどの指揮者は遅すぎます。 踊る音楽になってしまっている。 田園風景のロマンにひたった解釈だとそうなるのです(ご存知の方はスメタナのモルダウのダンスの部分と比べて下さい)。 これは断じてロマン派の交響詩ではなく、農民は嵐場面を導くキャラクターです。 ブリューゲルの描いた農民のように感情はなくていいのです。 嵐は特にめだった出来ではありません。 終楽章は残念ながら失敗です。 弦が即物的で美しくなく神への感謝も深く静謐な感情が足りません。 この曲は前半が生きるアプローチだと後半が生きないという難しさがあることがわかります。 (続きはこちらへ) お知らせ Yahoo、Googleからお入りの皆様。 ソナー・メンバーズ・クラブのHPは をクリックして下さい。 Categories:, 最近の投稿• 来た、見た、うれしかった!.

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