第二次世界大戦本。 第二次世界大戦について詳しく書かれた本を教えてください

第二次世界大戦(ダイニジセカイタイセン)とは

第二次世界大戦本

是非、読んでいただきたい分野の本が有ります。 ここで書名を上げることは簡単ですが多分、人気がないため手に入れることは難しいでしょう。 何でも良いです、どれでも良いです。 一度読んでください。 私は人生観が変わりました。 私には忘れられない本があります。 角川文庫の「442連隊戦闘団」です。 副題には「すすめ!日系二世部隊」と書いてあります。 その中で忘れることのできないシーンが幾つか有ります。 1945年9月2日、東京湾に浮かんだアメリカの戦艦ミズリー号上で降伏文書が調印されている頃、アメリカでヨーロッパで対日戦勝記念日の閲兵行進が行われていました。 今、彼らヨーロッパ派遣アメリカ軍部隊は首都ワシントンの大通りを次々にと行進していました。 軍楽隊は勇壮なマーチを吹奏し、拍手と歓声は全市を埋め尽くすほどでした。 だが、万雷の拍手はいつしか消えていき大通りの両側を埋めた大観衆は静まり返りました。 彼らの目の前に、今行進してくるのは442連隊戦闘団でした。 各中隊の間隔は大きく開いていました。 あまりにも少ない人数です。 アメリカ合衆国陸軍、いや三軍の中でもっとも多く死傷者を出した部隊が今目の前に現れたことを人々は知りました。 彼ら日本人二世が、日系アメリカ人二世がその命を持って尽くしてくれたことに我々は一体、今まで何を報いてきたのだ。 ユダヤ人を強制収容所に入れたナチスの蛮行を嘲笑することができるのか、と全てのアメリカ人の胸に突き刺すような想いがわき起こってきたのでしだ。 アーニイ・パイル(沖縄戦線で戦死したアメリカ特派員。 進駐軍はその死を惜しんで東京宝塚劇場をアーニイ・パイル劇場と命名した。 )はイタリー戦線で二世部隊の凄じい戦闘ぶりを目の前にして次のように記しました。 「私は、アメリカ兵達が非常に不利な状況にあっても常に勇敢に戦うことを期待することになれていた。 しかし、体の小さな目の黒い兵隊達は記録破りの勇敢な戦いぶりを見せている。 もっとも勇敢だと言われる部隊ですらおそらくは待機し、あるいは退却するに違いない状況のもとでも、彼らは猛烈に戦い続ける。 彼らはアメリカ軍にとって強大な戦力である。 テキサス州とマサチューセッツ州から来た多くの兵隊達は、口をそろえて「あの部隊が我々の味方だったということは幸せだった。 」と私に語っていた。 」 ある時アーニイ・パイルはゴロー・サカガワに尋ねました。 「サカガワ軍曹、あなた方はどうしてこうも無理とわかっている攻撃をかけているのですか。 アソコに強力なドイツ軍がいるのはあなた方にもわかっているでしょうに。 」 「我々はやらなければならないのです。 我々は二正面作戦をやっているのです。 ドイツ軍にたいして戦うのと同時に日系アメリカ人全体のために戦っているのです。 」 日系アメリカ人のために二世部隊はアーニイ・パイルが目を見張るほどの戦いをしていきました。 死の恐怖は誰も同じです。 がくがくとふるえながら彼らはがむしゃらに突っ込んでいったのです。 その夜、特派員はWW 2 のもっとも優れた戦況報告と言われる有名な記事を書きおくりました。 「記者はこの目で任務を越えた勇気という物がどんな物か始めてみることができた。 ハワイの日本人二世部隊の一隊がラピド川を渡っていくのを見た。 彼らは川の対岸まで突進し、その地点を40分も確保した。 しかしドイツ軍の全力を挙げての砲撃にあって打ちのめされ、ついに退却してきた。 世界中のいかなる軍隊といえども勝利の戦いにおいてすら、これ以上の輝かしい栄光を勝ち得た物はないだろう。 」 生き残った証人達はこう語ります。 「日本の歴史にもありましたろうか、キリスト教徒かどうか、答えさせることに命を懸けさせる・・・・・・」 「ああ・・・切支丹の踏み絵」 「そう、それですらい・・・むごいことやの。 命を懸けなければ、何かを証明できんし、信じてくれんとは。 」 すすんで血を流すことが日系アメリカ人の踏み絵とは哀しい。 そして戦死しても当初は在郷軍人名簿(?)にのせてもらうことはできなかったのです。 死ねば皆同じという言葉がありますが、彼らには安住の地は死しても無かったのです。 このことがヨーロッパの兵士達に知れ、多くの心ある人達の抗議文によってやっと名簿に記載してもらうことができました。 戦闘につづく戦闘、よくも彼らはこれほど戦えるものだと思われるほど、彼らは戦い、歩き続け、仲間の屍を越えてイタリーからフランスへと息をつく暇もない。 そして、ついに、地獄の一丁目にへとたどりつく。 テキサス141歩兵部隊が、ボージュの森の中で補給路を断たれ孤立して包囲されてしまった。 この「失われた大隊」の救出が二世部隊に命じられました。 テキサス部隊の救出命令は、大統領から直接出されました。 本国テキサス州の連中が騒ぎたて、大統領に圧力をかけ、大統領命令は現地の師団に直接伝えられてきました。 もっとも勇敢な日系人部隊が大統領によって指名されてきたのです。 皮肉なことです。 日本人を強制収容しろと命令書にサインしたのも大統領なのに。 どうして同じテキサス州の部隊がやらないんだ。 むざむざ我々を死なせに行くのか、という声がでました。 しかし彼らはやりましょう、といいました。 日系アメリカ人のために!と割りきりました。 森には雨が降り続いていた。 深い霧が立ちこめていた。 霧の中にドイツ軍の狙撃兵が潜み、至る所に地雷がしかけられ、その先に全滅を待つだけとなった「ロストテキサス」の340名がいました。 記録は言います。 テキサス大隊が包囲されているところまでたった1500m。 だがそれは地図の上だけのこと時間にして84時間、日系兵士140名が戦死し、1800名が重軽傷をおった距離です。 180名から200名で成り立っていた戦闘団の各中隊がこの高地における戦争が終わったときに平均75名に減っており満足に歩けるものは5、6名だったと伝えます。 死傷率は97%でした。 静まり返った大観衆の中で一人の老婆が泣きながら叫んだ。 「坊や。 お帰りなさい!」 日系兵士の母親なのか、祖母なのか。 どうしてここまで凄惨な戦いに自らの命を懸けられるのでしょうか。 どうして勇敢に死を迎えることができるのでしょうか。 会ったこともない人間のためにどうして命を捨てられるのでしょうか。 無数の兵士が足に凍傷を負い歩くことすら満足にできないのに、なぜ彼らは諦めずに戦い続けたのでしょうか。 マサオ・ヤマダの手紙はその理由について今に次のように伝えます。 1,我々日系アメリカ人には強い結束力があります。 2,誇りにかけて成し遂げなければならないと言う強い義務感があります。 3、お互いに忠誠心を持ち合っていることです。 友人のために何かをするという、その団結力は自己犠牲の発露からです。 そして戦後、私たち日本人はアメリカでJAPと馬鹿にされることもなく、留学が出来て土地を買って事業が出来る。 これはすべて今、アメリカで土になろうとしている人たちが黒人の公民権運動以前に得た有色人種初の公民権なのです。 忘れないでください。 未来の日本人の子供(私たち)をミジメにしないため20歳前後でこの世の楽しいことの多くを知らずに死んでいった人たちのことを・・・ 気を付けていれば何年かに一回、軍事物や歴史書の書棚で見つけることが出来きます。 一度読んでみてください。 お返事たいへんありがとうございました。 fibulaさんが、おっしゃっていることは教科書のどこにも書かれていないことですよね。 今の学校で教わる日本の歴史では、太平洋戦争の真実を逆にわかりずらくさせている気がします。 私も英語を勉強し留学をした経験がありますが、そこで同時テロを西海岸の都市ですが経験し、私は日本人以外の何者でもないということを実感しました。 カナダ人教師に、日本はアメリカの付属国でしかないというようなことをいわれ言い返す言葉もなかったことを、痛感し日本人としての自分の誇りのなさを悔やみ、歴史的事実を学びたくこういう質問をしました。 今は、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読んでいます。 ありがとうございました。 教科書的歴史認識についての一面性にお気づきになったものと思います。 また、現在での世界各地での紛争を見ても「なぜ?」の情報が多くはありません。 (なぜ、イラクはクェートを攻めたか?、なぜ、フォークランド紛争がおきたか?)この開戦の「なぜ」は、開始前の歴史背景に伴ってとてもに重要な部分であり、且つオモテに出にくいものでもあります。 そこで、太平洋戦争になぜ、突入したか? 1冊の図書を取り上げて、コレに書いてある、というのは過ちを犯しやすい性急さがありますが、米国の「オレンジ計画/War Plan Orenge」というものははずせない一つかと思います。 終戦数年前(失念)に連合国側に寝返った(口が悪い!)ためです。 教科書に書いてあったらごめんなさい。 Q 坂の上の雲(司馬遼太郎)を、「教えてgoo」(他の方の質問)で見つけ読んで没頭し感激しました。 次に「第1,2次世界大戦の本」を探そうと、また「教えてgoo」で少し探したところ ヘレン・アミーズの「アメリカの鏡・日本」 福田和也氏の「魂の昭和史」 軍閥興亡史 伊藤正徳 光人社NF文庫(全3巻) 昭和天皇独白録 文春文庫) などが紹介されていました。 全て読めばいいのでしょうが・・・なんせ、理数系大好きの高校生なのでなかなか全部は厳しくて・・、でも歴史の面白さも坂之上の雲で感じ始めている今日この頃です。 それに、他の方のgooでの回答に「日本の戦争の歴史を扱った書籍についてはとくに、「自分で」できるだけ幅広く複数の本にあたることが必要と思われます。 」と書かれている方もいました。 この方のご指摘のとおりと思います。 でも、わがままを言わせてもらい、皆さんの経験を利用させていただき、日露戦争の「坂之上の雲」のようなとは言いませんが、読んで楽しくなる本を、上に書いた本の中からでも、他の本でもかまいませんので教えてください。 まことに勝手な言い分ですが、図書の内容の概要を少し紹介していただけたら幸いです。 坂の上の雲(司馬遼太郎)を、「教えてgoo」(他の方の質問)で見つけ読んで没頭し感激しました。 次に「第1,2次世界大戦の本」を探そうと、また「教えてgoo」で少し探したところ ヘレン・アミーズの「アメリカの鏡・日本」 福田和也氏の「魂の昭和史」 軍閥興亡史 伊藤正徳 光人社NF文庫(全3巻) 昭和天皇独白録 文春文庫) などが紹介されていました。 全て読めばいいのでしょうが・・・なんせ、理数系大好きの高校生なのでなかなか全部は厳しくて・・、でも歴史の面白さも坂之上の... A ベストアンサー 【「中立」はあり得ない】 「現代ではあらゆるものが政治的であり、至る所に国家が顔を出す」(カール・マンハイム) 戦争の歴史を扱った本も、多少なりとも左翼・右翼がかっていると言えます。 「私はあくまでも中立・中道」などという人は、うそつきでしょう。 【左右両極を排す】 戦前は皇国史観が暴威を振るいました。 敗戦後はマルクス主義史観が幅を利かし、皇国史観退治には効果的だったが、これはこれでひどいものでした。 最近は「自由主義史観」という名の自慰史観(自国を賛美して気持ちよくなる。 最大の敵は「自虐史観」らしい)が流行っているようです。 しかし、space-alien さんは「理数系大好きの高校生」ということなので、左翼から右翼まで渉猟するほどヒマではないと思います。 左右両極を排して、穏健左翼か穏健右翼の著者に親しむのがよいでしょう。 間違っても手を出すべきでないのは、「新しい歴史教科書をつくる会」などの系統です。 代表的人物の藤岡信勝のサイトを覗いてみると……。 jiyuu-shikan. 180度転向してこの有様。 まさに左右両極であり、こういう人が書いた歴史の本は、読むだけ無駄でしょう。 【軍事オタクを排す】 戦史は歴史の一分野です。 戦争のことだけ詳しくなっても、戦争は理解できないし、いびつな知識が増えるだけです。 特に日本では、軍事のことをほとんど知らないのが普通なので、ちょっと勉強すると知ったかぶりができるらしく、「頭が悪いのに物知りぶりたい人」が軍事知識に群がっているようです。 しかし、space-alien さんはそうではありません。 『坂の上の雲』から入っていって感激し、歴史の面白さを感じているということで、筋が良い人だと思います。 まさにそのように、軍事からではなく歴史から、戦争にアプローチするのが良いですね。 軍事オタクは『坂の上の雲』を貶したがるようです。 【穏健左翼、穏健右翼】 私は読書量が乏しいので、今即座に思いつく本は少ししか挙げられません……。 (1)大江志乃夫(おおえしのぶ) 反戦の立場に立つ歴史学者ですが、実証的な学風で、文章もうまいです。 専門は日露戦争の辺りらしいですが、日本近代史・軍事史の本を多数書いています。 amazon. 旧日本軍の興隆・変質・失敗を、冷静に見つめた名著です。 amazon. amazon. すさまじい労作です。 (4)マーク・ゲイン 文章がうまく、訳文もいいです。 60年も前の日本ですが、この本を読むと新しい希望を感じます。 amazon. 最後の行までハードボイルドなのが、逆に泣かせます。 amazon. 「私はあくまでも中立・中道」などという人は、うそつきでしょう。 【左右両極を排す】 戦前は皇国史観が暴威を振るいました。 敗戦後はマルクス主義史観が幅を利かし、皇国史観退治には効果的だったが、これはこれでひどいものでした。 最近は「自由主義史観」という名の自慰史観(自国を賛美して気持ちよくなる... A ベストアンサー 光人社NF文庫あたりをあさってみてください。 光人社というのは雑誌「丸」というのを発行していますが この雑誌にはよく元軍人さんの体験談とかが載ってます。 光人社NF文庫のいろいろな本の中身は、 ま、ポジティブなみかたからネガティブなものまで。 「不滅のネービーブルー どん亀艦長海軍英傑伝」 とかはポジティブなのかな。 (読んでないですが) 「撃沈された船員たちの記録」 「商船戦記」 「戦う民間船」 あたりはあまりポジティブは感じをうけません。 (読んでます。 ) 実際、海軍軍人といっても、主力艦に乗っていた人はある程度 ポジティブな内容と感じることが多いですし、 特設艦艇や特務艦艇に乗っていた人の話だとネガティブな感じを強く受ける話が多いですし。 陸軍船舶砲兵の話が「丸」に載っていたのを覚えているのですが 出版されていないなあと思っていたら、出版協同社から「船舶砲兵」という本が でていました。 陸軍船舶砲兵って歴史の裏に隠れてしまった存在になっているように思ってますので 勧めたいのですが内容が同じものかどうかわかりませんのでお勧めしませんが。 華やかさはないし、悲惨さが目立つ話がおおいですけど。 光人社NF文庫あたりをあさってみてください。 光人社というのは雑誌「丸」というのを発行していますが この雑誌にはよく元軍人さんの体験談とかが載ってます。 光人社NF文庫のいろいろな本の中身は、 ま、ポジティブなみかたからネガティブなものまで。 「不滅のネービーブルー どん亀艦長海軍英傑伝」 とかはポジティブなのかな。 (読んでないですが) 「撃沈された船員たちの記録」 「商船戦記」 「戦う民間船」 あたりはあまりポジティブは感じをうけません。 (読んでます。 ) 実際、海軍軍人といっ... amazon. amazon. amazon. amazon. amazon. amazon. amazon. A ベストアンサー こういうのでどうでしょうか? 1 世界は3つのグループがあった。 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。 Cグループの弱い国を支配していた。 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。 AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。 C)AグループやBグループに支配されていじめられて いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。 2 開戦 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。 中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメリカ やイギリスが邪魔をしたのでそれら強国との大戦争に なった。 ・ドイツも同じく周りの国々を軍隊の力で支配し、 アメリカやイギリスと大戦争になった。 ・強国に支配されていた国々は日本やドイツのやりかた が酷かったので日本やドイツと戦いを始めた。 3 流れ ・日本とドイツの戦争のしかたは奇襲といって相手が 油断しているときに突然襲う戦い。 だから初めは 勝つけれど、より強いAグループが本気を出すと 日本・ドイツは負けていく。 そして支配の仕方が 酷いので支配された国の人から恨みをかい日本と ドイツは大敗する。 4 終戦 ・負けることがわかっても日本だけ戦いつづけた。 理由は天皇を守るためということだった。 戦いが続く中、アメリカは原爆という大きな爆弾を 日本の広島と長崎に落として日本は降参した。 5 状況 ・この大戦争は初めは強国どうしのよその国を奪い合う 喧嘩だった。 けれど日本やドイツが少人数の偉い人の 命令をみんなは文句を言わず聞け、一人一人の事より 国=偉い人のほうが大事なんだという考え方と、一人 一人の事を大切にする考え方に賛成する国々との戦い となり、最後は日本と80の国々との戦いとなった。 ごめんなさい。 やはり難しいですね。 でもこれを下敷きに もっとお話し的に変えたらどうでしょう? こういうのでどうでしょうか? 1 世界は3つのグループがあった。 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。 Cグループの弱い国を支配していた。 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。 AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。 C)AグループやBグループに支配されていじめられて いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。 2 開戦 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。 中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメ... A ベストアンサー 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義 右派リバタリアン で、それ以後を新保守主義 ネオコン といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン 左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法 戦争など過激な改革を許容する を執ると言う主義 です。 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで 高福祉政策 」などが有ります。 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。 そして変える方向 変えない方向 が自由か統制かで分類できます。 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。 自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共... A ベストアンサー 兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。 別に兵器に限った話ではないのですけれど。 1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。 なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。 つまり整備が大変だったからです。 1対1で強い戦車があれば戦争に勝つかというとそうでもないのです。 例えば1940年のフランス電撃戦のとき、ドイツ軍の持つ戦車は3号戦車と4号戦車(前期型)が中心で、武器としては機関銃しか持っていない2号戦車の数もまだまだありました。 一方のフランス軍にはシャールB1という重戦車があり、イギリス軍にもマチルダ2という戦車がありました。 カタログスペックだけ見たら、B1戦車もマチルダ2も3号戦車や4号戦車より優れているのです。 しかも、その数はドイツ軍に比べると英仏連合軍のほうが多くの戦車を持っていたのです。 しかし、戦争にはドイツ軍が勝ちました。 その勝因は、戦車を集中して運用したからです。 プロ野球でも、ものすごい4番バッターがいたら優勝するかというとそうではないですよね。 チームとしての全体のバランスが重要です。 サッカーもそう。 軍隊(戦争)もそうなんです。 第二次大戦のときのアメリカ軍の主力戦車はM4シャーマンです。 カタログスペックだけ見ると、ドイツ軍の4号戦車よりちょっと優れている程度です。 だからドイツ軍のタイガーやらパンターやらには直接対決では勝てなかった。 でも、アメリカ軍はそれでよかったのです。 アメリカ軍にとってM4戦車は歩兵支援用です。 だから、それ用のための性能を重視しました。 そして、ドイツ軍の強力な戦車には、航空機などの戦車の苦手な手段で当たればいいと考えていたのです。 これぞアメリカ人の超合理主義。 「戦車の相手は戦車がしなきゃいけないと誰が決めたのだ」というわけです。 戦車というのはですね、基本的に消耗品なのです。 いくら優れた戦車でも1両だけじゃどうしようもない。 それなら平凡な性能の戦車が10両あったほうがいいのです。 これが基本的に理解できなかったのが日本軍。 理解できなかったというか、受け入れられなかったというべきでしょうかね。 基本的に貧乏な日本軍では、お金のかかる戦車を大量に用意して消費しながら戦うなんて贅沢な戦い方はやりたくてもできなかったのです。 日本軍悲劇の戦車チハタンこと九七式中戦車は、カタログスペックだけを見ると同時代の戦車、例えばドイツの3号戦車初期型とほぼ同等の性能を持っています。 3号戦車初期型が37ミリ砲を搭載していたのに対して、チハタンは57ミリ砲を搭載していたので、カタログ上は上です。 しかしこの、「カタログ上は」ってのがネックで、実はチハタンの57ミリ砲、初速が遅くて徹甲弾の性能が低かったので対戦車砲としては使い物にならなかったのです。 これは日本工業力の限界。 そしてなによりエンジンの性能が低かった。 3号戦車が300馬力のエンジンを持っていたのに対してたった170馬力しかなかった。 だから、改良を加えたくても性能に余裕がなかったのです。 日本軍は戦車の開発に関心がなかったわけではないです。 ただ中国軍にはほとんど戦車はなかったし、アメリカ軍も第二次大戦前にはほとんど戦車を持っていませんでした。 しかしソ連軍は戦車を大量に持っていたので、ソ連軍への対抗上戦車への関心は持っていました。 しかし、ソ連軍が戦車を「大量に動員する」という戦い方をしてきたノモンハン事変を目の当たりにして、「あんな戦い方は(貧乏で戦車を揃えられない日本には)とてもムリ」となったのです。 戦車は戦車単独で存在しているわけじゃなくて、修理をする整備兵や、補給をするトラックなども必要ですよね。 ところが当時の日本人にはそもそも車の運転ができる人がいなかった。 自動車運転は「特殊技能」扱いです。 ましてやそれの整備ができる人となるともっといない。 だから運用にも限界があるのです。 国に車が行き渡っていて、当然自動車修理工がいっぱいいたアメリカとの違いです。 兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。 別に兵器に限った話ではないのですけれど。 1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。 なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。 つまり整備が大変だったからです。 1対1で強い戦車があ...

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第二次世界大戦まとめ|歴史・原因・参加国・犠牲者数・年表まで

第二次世界大戦本

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 本選びにお役立てください。 にもかかわらず(あるいは、そうであるからこそ)、戦争は時として、個人的行為の極みである殺人を扱うミステリの題材にもなり得る。 G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』(一九一一年)所収の短篇「折れた剣」をはじめとして、数多くの作例が存在している。 人間が駒として扱われる戦争の不条理な状況下においてこそ、鬱屈した個人の情念は黒い輝きを放つのだから。 本書は、太平洋戦争中のビルマ(ミャンマー)を舞台にした迫真の戦争小説であり、同時に極めて高水準な本格ミステリでもある。 史料に即した状況描写のディテールを徹底的に重視し、主人公の周辺以外で何が起きているかは極力描かず、登場人物に戦時中の日本人ならではの思考を展開させることで、物語は現在進行形で戦争を体験しているような迫真性を帯びる。 本書においても、視点人物である依井の周辺で起きている小状況が語られるだけであり、戦争の大状況が解説されるわけではない。 そのため、作中人物にとっては周知の事実なので読者に説明されない前提について、ここで簡単に触れておこう。 開巻早々、「ビルマ戡定」という言葉が出てくる。 戡定なる単語を日常で目にしたことのある読者はまずいない筈だが、これは平定と同義であり、この場合は、一九四一年、太平洋戦争開戦とほぼ同時に日本軍が援蔣ルート(日中戦争において、中華民国を率いる蔣介石政府を連合軍側が軍事的に援助するために用いた輸送路)の遮断などを目的としてビルマに攻め入り、たちまち全土を制圧したことを指す。 ビルマは一九世紀末からイギリスに植民地支配されていたため、戦勝後のビルマ独立を保証した日本軍を歓迎する国民も多かったのだ(一九四三年八月、独立運動家バー・モウを元首とするビルマ国が成立する)。 しかし、一旦退却した連合軍の巻き返しが、一九四三年末から本格的に始まる。 一九四四年、日本軍はイギリス軍の拠点たるインドの都市インパールを攻略して反撃を試みるも(インパール作戦)、惨憺たる失敗に終わり、一九四五年の終戦までにビルマは連合軍によってほぼ奪還されることになる。 このビルマ戦線というと、「史上最悪の作戦」と称されるインパール作戦の無謀さや悲惨な過程がまず思い浮かぶ。 しかし『いくさの底』という小説には、激しい戦闘シーンはないし、大量の餓死者が出るような状況もない。 年代は明記されてはいないものの、作中の記述から一九四三年(昭和一八年)の一月が背景と推測される。 まだ日本軍が優勢を保っていた頃の話だということを念頭に置いておきたい。 ビルマ北部シャン州のヤムオイという山村に、賀川少尉率いる警備隊がやってきた。 賀川は以前にもこの地に駐屯したことがあり、村長らとも顔馴染である。 ところが最初の夜、賀川は何者かに殺害される。 動揺を恐れた警備隊側は、賀川の死を伏せ、彼がマラリアに罹患したと村民たちに説明するが、それがかえって疑心暗鬼を生んでしまう。 連絡を受けた連隊本部から、事件の調査と事態収拾のために連隊副官がやってきたが……。 舞台となるヤムオイ村は、中国側の重慶軍に狙われている状態とはいえ、現状は凪のような状態にあり、住民たちも日本軍に一見友好的である。 しかし、賀川の死という変事が起こることで、その人間関係は揺らぎ、崩壊してゆく。 殺人者は敵である重慶軍かも知れないし、村民の中に何らかの動機を持つ者が潜んでいるのかも知れない。 いや、同じ日本軍内部にいる可能性もあるのだ。 視点人物の依井は通訳を務める商社員であり、要するに民間人なのだが、立場上は将校待遇の軍属である。 そんな彼が見聞する、あからさまな他殺を隠蔽してしまう軍隊という組織の奇怪な論理や、事態の進展につれて不穏な緊迫感を増してゆく村の空気が、著者ならではの抑えた筆致で的確に綴られてゆく。 著者が本書で試みたことは、それらともまた異なる。 人間同士の命のやりとりが行われる軍隊という組織で、戦闘とは無関係に、ある特定の人間の命を奪わなければならなかった理由とは何か。 そののっぴきならない必然性こそが本書の要である。 文庫化に際して『アンフィニッシュト』と改題)も謎解きを軸としている。 しかし、第三作までのように前面化はされていないにせよ、戦争小説に転じてからの作品の多くにも、やはりミステリの要素が含まれている。 特に、戦地における人間の行動の謎を扱う際、著者のミステリ的な小説作法はただならぬ冴えを示す。 つまり、仮に殺人や拉致といったあからさまな犯罪ではなくとも、ある状況に運命的に投げ込まれてしまった人間の謎を取り扱うことで、戦地が舞台のミステリは成立し得るのである。 本書は著者が太平洋戦争を描いた小説中、最もエンタテインメント度とミステリ度の高い作品となっている。 確かにここには殺人があり、その隠蔽があり、動機の意外性も充分だが、それらは犯人や被害者、そして他の登場人物たちの人間像を鮮やかに浮かび上がらせる効果を持つ。 その意味で本書は著者の一連の戦争小説と同じ系譜に属するけれども、一方で『フラグメント』における殺人のタイミング面の必然性や『アンフィニッシュト』における自衛隊員と基地がある島の住民の関係など、初期作品に見られた要素もまた、より磨かれたかたちで継承されている。 その意味で本書こそは、デビュー以降の著者の作風の集大成にほかならない。 本書は、第七十一回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)と第七十一回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)をダブル受賞した。 後者では、選考委員たちによって「書かれている人物と設定はごく狭い範囲に限定されている。 が、戦争という極限状況を通しての人間を見る目に、この作者独自の奥行きと広がりがあるので、籠り感はない」(垣根涼介)、「これだけの情報を盛り込みながら、わずか二百ページとコンパクトに収まっている理由の一つは、言葉から無駄がしっかり取り除かれていることにあるのだろう。 この一点の素晴らしさを買い、授賞に賛同した」(長岡弘樹)、「本作は戦争文学と本格ミステリーが奇跡的な融合を果たした異色の傑作で、戦争を賛美も断罪もしないが、真相がわかった時に立ち騰ってくる哀しみは深く心を打つ。 まるでその場に居合わせたかのような手触りに満ちた、虚飾を徹底的に排した文章も一級品であると感じた」(深水黎一郎)、「『いくさの底』はミステリー的なプロットやトリックが五作の中で突出していた。 加えて太平洋戦争というと対アメリカがすぐに浮かぶが、それ以前の、インドシナでの同じアジア人たちが入り乱れた戦いという状況が、トリックに上手く活かされている」(麻耶雄嵩)といった点が評価された。 また、本書は第十八回本格ミステリ大賞(本格ミステリ作家クラブ会員の投票で決定される)にもノミネートされ、大賞受賞作の今村昌弘『屍人荘の殺人』と僅か二票差という大健闘を示した。 戦争小説と本格ミステリの融合という著者の創作意図は見事に成功を収め、文壇でも認められたことになる。 ミステリによって戦争の本質を描こうとする著者の試みは、まさに現在進行中の注目すべき文学的実験なのだ。 kadokawa.

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第二次大戦 世界の軍用機図鑑 イカロス出版 本

第二次世界大戦本

[著]ゲアハード・L・ワインバーグ(ワインバーグ,ゲアハード・L) G. ワインバーグ(Gerhard Ludwig Weinberg) ノースカロライナ大学チャペルヒル校ウィリアム・ケナン2世記念講座名誉教授。 第二次世界大戦史および同時期のナチスドイツ外交史研究の権威。 アメリカ歴史学会ジョージ・ルイス・ベアー賞、アメリカ・ドイツ研究学会ハルヴァーソン賞受賞。 ドイツ連邦共和国功労勲章一等功労十字章受章。 著書:『ヒトラー政権下ドイツの外交政策 1933-1936, 1937-1939』ほか多数。 [訳]矢吹 啓(ヤブキ ヒラク) 矢吹啓(やぶき・ひらく) 東京大学大学院人文社会系研究科欧米文化研究専攻(西洋史学)博士課程単位取得満期退学。 キングス・カレッジ・ロンドン社会科学公共政策学部戦争研究科博士課程留学。 16, Iss. 4 2009 : 425-446. コーベット『コーベット海洋戦略の諸原則』(原書房、2016年)、A. マハン『マハン海戦論』(原書房、2017年)、J. ブラック『海戦の世界史』(中央公論新社、2019年)。

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