おやき。 おやき

おやきとは|信州安曇野おやき専門店 あづみ堂

おやき

おやきの製造実演の様子。 平鍋で表面を乾かした後、囲炉裏の灰に埋めて蒸し焼きにする。 おやき(お焼き、御焼き)は、・粉などを水で溶いて練り、薄くのばした皮で、などで作った(具材)を包み、焼いた食品である。 形状は円形で、直径8~10cm程度が一般的。 のとして知られる。 焼き餅、 あんびん、 ちゃなこ、 はりこしなどとも呼ばれる。 長野県の寒冷地であるや地方発祥で 、冬季における米の代用食として各家庭に受け継がれ、の毎年には仏前の供物として備える風習があったが 、次第にとしての価値が高まるにつれて、おやきを常食する食文化のない地域までも含めた長野県全域の名物として広まった。 和菓子店などでも販売されていたが、1980年代後半以降には、おやきの専門店も登場した。 同様のは長野県のみならず、気候や地形・水利の関係で稲作が難しく、米以外の雑穀類を多く食べた日本各地で作られている。 製法 [ ] 長野県の多くの地域は、急峻な地形や寒冷な気候ゆえにの栽培に適さない。 したがって、米の代わりにやを原料とした食品が古くから食べられていた。 おやきはその一つであり、小麦粉や蕎麦粉を練って作った皮で具を包む。 一方、のは、の栽培に適さない代わりにには向いているため、を原料とした「あんぼ」というおやきが作られてきた。 あんの材料には・が用いられるのが一般的。 長野県の名物である漬もよく入れられる。 このほか、、、、、複数の野菜を混ぜたもの、など様々な種類がある。 野菜・山菜のあんは、あらかじめ、、などで味付けをしておく。 岸・沿岸と交流が多かった地区では、塩やなどをあんに用いることもあった。 や餡を入れた甘い菓子風のおやきもある。 地元住民の軽食や観光客向けの土産物として広まるにつれ、味や入りの風おやきなど一段と多彩になっている。 元は小麦粉や雑穀粉の皮であんを包み、で表面を軽く焼いて乾かしてからの熱い灰に埋め、蒸し焼きにした食品だった。 しかし各家庭から囲炉裏が無くなった現代では、を引いた鉄板で焼くか、などで焙り焼きにする。 中心部など善光寺平()では、「お焼き」の名前ながらや蒸し器で蒸すのが一般的である。 販売 [ ] 現在ではに置かれたり、冷凍されたおやきが通信販売で全国に出荷されているほか、海外の催しにも出品している。 高速道路のパーキングや土産物屋の一部では、中身をおやき特有の具に差し換えただけのが「おやき」として売られていることがある。 メディアへの登場 [ ] 『』の「」企画で、長野対決の種目となった。 脚注・出典 [ ].

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おやき通販|おやきの長野いろは堂

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焼いたものだけでなく、蒸したものやゆでたものもあります。 シーズン開幕日の11月15日は、鳥撃ちの師匠の地元である長野市まで遠征し、日の出とともに山間部に点在する溜め池を巡回して、カモを探すのが習わしになっている。 この日は、朝食の用意を師匠がするから手ぶらで来いと言われていた。 2時間ほど、あちこち見ただろうか、山間部の集落に軽トラを止めた師匠が「朝飯、知り合いに予約してあるから」と古民家風の家に入っていくではないか。 店でも何でもない、ただの民家である。 しばらくすると、師匠が湯気の立つ紙袋を抱えて出てきた。 「ここ、おやきを製造してるんだよ。 地元の生協なんかに卸すんだけど、できたてを買ってきた。 旨いから食べてみて」 言われるまま、ラベルに"野沢菜"と書かれたヤツをひとつ取り出して食べてみた。 僕はおやきが好きじゃなかったのだが、ほかに食べるものもないのだ。 生地に包む具材は家庭や店によって様々。 悔やむ理由はほかにもある。 家庭の事情で、僕は2020年の春に信州を離れなければならなくなったのだ。 このままではおやきを知らぬまま移住生活が終わり、悔いを残すことになる。 待てよ。 おやきという食べ物の名前は全国に知られていても、どこでも手に入るほどポピュラーではないから、食べたことのない人は案外多いのではないだろうか。 まして、手づくりしたことのある人はもっと少ないだろう。 信州人以外からのイメージを代弁するとしたら、饅頭のように見えて、中に野菜や切り干し大根が入っている一風変わった食べ物といったところだろう。 おやきへの誤解を解き、真の実力を知って欲しい。 そのためにはどうしたらいいか。 自分でつくれるようになればいいのだと思った。 僕自身、信州を離れたらおやきを買って食べる機会は激減する。 こうして僕は、おやき教室の門を叩くことになった。 北尾 トロ (ライター) 1958年、福岡で生まれる。 小学生の頃は父の仕事の都合で九州各地を転々、中学で兵庫、高校2年から東京在住、2012年より長野県松本市在住。 5年かかって大学を卒業後、フリーター、編集プロダクションのアルバイトを経て、26歳でフリーライターとなる。 30歳を前に北尾トロのペンネームで原稿を書き始め『別冊宝島』『裏モノの本』などに執筆し始める。 40代後半からは、日本にも「本の町」をつくりたいと考え始め、2008年5月に仲間とともに長野県伊那市高遠町に「本の家」を開店する。 2010年9月にノンフィクション専門誌『季刊レポ』を創刊。 編集発行人を務めた。 近著に『夕陽に赤い町中華』(集英社)、『晴れた日は鴨を撃ちに 猟師になりたい!3』(信濃毎日新聞社)がある。

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調味料を一切使わずに作る「おやき」。 焦げ目が軽くつく程度に表面を焼き、パリッとした食感のすぐ後にサトイモの粘り気のある風味が口の中に広がる。 塩、砂糖など調味料は一切使わないのが特徴で、砂糖じょうゆやきな粉、金山寺みそなどをつけて食べる。 おやきを紹介してくれた倉吉市越中町の矢 や 間 ざま 増代さん(88)によると、食べるものがなかった戦時中、代用食として多くの家庭で作られていたという。 「昔は家族総出で稲刈りとかしてたでしょう。 そのときに小さく丸めないで、大きな塊のまま持って行き、ちぎって金山寺みそをつけて食べたもんです」と語る。 また、いろりに鍋をかけたままサトイモをつぶし、米粉を混ぜて丸め、そのまま灰の中に入れてひっくり返しながら焼いていたという話も披露。 「木を焼いてできた灰なので汚いものはなんにも混ざってはいないから」とのこと。 2009年9月、「おじいちゃん、おばあちゃんのごっつおが食べたいなぁコンテスト」で、このおやきを出品したところ見事優勝。 しばらく「作り方を教えてほしい」とひっぱりだこになった。 矢間さんは「シンプルなので、自分の好きなものをつけて食べたり、中にあんやヒジキ、キンピラゴボウを入れてもいい。 自分だけのアレンジを楽しめる」と話す。

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