北欧暮らしの道具。 北欧、暮らしの道具店

佐藤友子 「北欧、暮らしの道具店」の店長になるまで (1/4):日経ARIA

北欧暮らしの道具

誰しも理想の暮らしがあると思うのですが、手に届かなそうなものを追い求めるのは、ちょっと心が苦しいですよね。 だから新商品の企画を考える時も『自分はお客さまのひとりである』という定義のもと進めていきます。 でも実はこれが結構苦しいんです。 お客さまにどういうものが売れるんだろう、という外向きのリサーチをするのではなく、雑貨でもアパレルでも、まず自分に向き合って、コンプレックスや、やましい気もちも言語化していきます。 そこでさらにその思いを仲間のなかでオープンにさらしていきます。 恥ずかしい気持ちになるシーンもあるし、もちろんそれをする勇敢さも求められる。 仲間でないとできない作業ですね。 会議中、こんなにみんなが自分の話をしているのは、他の会社にはない特徴かもしれません 笑 」 「雑貨はプライベートブランドの開発グループとデザイングループが協業して企画・開発しますが、私がテーマや企画を投げることも多いです。 また、私個人のインスタやメルマガからお客さまの声を拾うことも。 お客さまがSNSで買ったものの感想をアップしてくれているものも、隅々までチェックするようにしています」 インスタでの投稿をきっかけにうまれたヒット商品 ¥12000 佐藤:「以前私ので、メイク道具をカゴにゴチャッと入れてダイニングに置いている写真を投稿したところ、ものすごく反響があったんです。 リビングやダイニングの一角でお化粧しているのは私だけじゃないんだ、意外と同じような人が多いんだと気付いて。 だったら、カゴよりも見た目が良くて、ちゃんと仕切りもあって、メイクをする場所まで持ち運べる取っ手が付いていて…そんなメイクボックスが作れたらインテリアの一部として抵抗なく置けるのでは、と考えて商品化しました。 これは入荷するたびに売り切れてしまう、ヒット商品になりました」.

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佐藤友子 「北欧、暮らしの道具店」の店長になるまで (1/4):日経ARIA

北欧暮らしの道具

起業家として生きることを決めた兄と、何者にもなりきれずに悩み続けた妹。 そんなふたりが、ついに出会った仕事が「北欧、暮らしの道具店」でした。 このクラシコムという会社は今でも、兄の青木耕平と、妹の佐藤友子が、二人三脚で作り続けています。 時にビジネスパートナーとして、時に気心の知れた兄妹として、時には喧々諤々のぶつかり合いをして、今日も決断を続けています。 兄・代表青木 妹・店長佐藤です。 手掛けてきたこと、新しく始めたことは、自分たちの成長速度に併せて変えてきました。 一方で、手掛けるのを留まったこと、すっかり止めてしまったことも、同じくらいの数あります。 2007年に開店し、そこから12年あまりが経った今、その数々の決断を振り返ってみました。 「北欧、暮らしの道具店」を愛してくださるお客さまはもちろん、社員として仕事をする仲間たち、そして関わってくださる皆様にとっても、この振り返りを通じて、「クラシコムとは何なのか」を考える一端になれればと願っています。 初めての事業で失敗…「最後の社員旅行」が転機に かつてはバンド活動に精を出していた兄妹は、クラシコムを創る前にも共に事業を興そうとしたことがあります。 しかし、カフェを手掛けようと立ち上げた会社「ベッドタウンプロダクションズ」は、事業を行う前に解散。 バンドも、カフェも、いつも兄が妹に声を掛けて始まりました。 ベッドタウンプロダクションズの解散後、それでも自分は起業家として、経営の道に進むことを決めた青木は、資金と知識を蓄えながら仕事を続けていました。 妹は、自分の気の向くままに仕事を変えながら、インテリアコーディーネーターとしての仕事に就きます。 クラシコムの創業は、2006年9月。 またも、兄が妹を誘って始まりました。 クラシコムがチャレンジしたのは、不動産を扱うIT事業(だからこそ社名も、「暮らし」にまつわる「ドットコム」なのです)。 しかし、この事業は軌道に乗らず、早々に撤退します。 創業資金も減り、先行きの見えない中で、青木は古本を仕入れて売る「せどり」で食いつなぐ日々。 ところが、その状況に悲観的になるどころか、青木はむしろ「楽しみ」を感じていました。 青木 「それまでの不動産事業は、自己資金だけではまかないきれなかったり、システムも自分では作れないから外注しなくてはならなかったり、自分でコントロールできることがすごく少なかった。 でも、せどりは何から何まで全て自分でやる仕事。 仕入れして、ネットに出品して、お金を回収して、本を発送して……そのサイクルに快感を覚えたんです。 」 佐藤 「でも、周りは『ツラいんじゃないの?』と思ってはいました。 一念発起した事業で失敗して、身なりも少しパッとしなくなって……(笑)。 だけど、本人はそこに幸せを感じていたと後で聞いて、かなりびっくりしたのを覚えています。 」 青木 「毎日、トランクみたいの引いて出かけてね。 でも、重さに耐えられなくてタイヤが壊れるから、ホームセンターで買った荷運び用のキャスターで改造したり。 それも楽しんでました。 」 ただ、これまでの事業は、兄(青木)が妹(佐藤)を誘って始まってきただけに、青木の心中にはどこかで「申し訳なさ」があったといいます。 そこで、残った創業資金を握りしめ、「最後の社員旅行」へ出かけることに。 行き先は、佐藤の興味があった北欧でした。 逆の立場になって見えた、ネットショップ開業の道 青木が磨いてきた「せどり」の感覚もありましたが、せっかくなら何かを買い付けて帰ってこようと思い立ちます。 買うもののセレクトは、「暮らし」が大好きだった佐藤が担当。 20代の頃に好きでとにかく雑誌や書籍で大量にインプットをしていたこと、インテリアの仕事に就いていたこと、オークションなどもよく見ていたことから売れ筋を見抜く目が養われていました。 ここで、兄妹の役割が初めて逆転したのが、後の二人にとっての転換点になりました。 青木 「妹が選んだものを、僕が支払いして緩衝材で包んでいる間に、妹は次の商品を買っているようなスピードで。 『お兄ちゃん、早く!』って急かされてましたね(笑)。 」 佐藤 「そうそう。 これまでは兄が考えたものを主役に、私が得意なところをサポートする関係だったんです。 それがストックホルムでの日々で、逆の立場になった。 今思えば、私も主体性に目覚めた瞬間でしたね。 俄然、火が付いた感じでした。 」 青木 「たぶん、自分の得意なことなり、自分自身の取り扱い方を、お互いに誤解していたんです。 人生が動き始めた感じを、強く覚えました。 」 最初の買い付けの様子。 本場のヴィンテージ雑貨に大興奮のふたりです。 クレジットカードの限度額いっぱいまで北欧のヴィンテージアイテムを買い付けてきた二人は、品物を骨董市などで売ることを考えながら帰国。 ところが、不慣れな梱包作業ゆえに、到着したものが半数以上が割れてしまっていました。 このままでは元が取れない。 しかし、どこかでは売りたい。 そこで出会ったのが、ネットショップという方法でした。 その頃、二人が影響を受けたのが、女性下着メーカーのピーチ・ジョン元社長である野口美佳さんの著書『男前経営論』。 本では、「顧客リスト」の重要性が説かれていました。 出店費用が安価なネットショップで、なおかつメールマガジン会員を主軸にした顧客リストを構築する。 現在にもつながる「クラシコムの商い」の基礎が生まれた瞬間でした。 ネットショップ運営は全く経験がないなか、自らHTMLを書き、Photoshopを習得しつつ、サイトを手作りする日々が始まりました。 ここでも頼ったのは先行事例の指南書たち。 「書いてあることを愚直に全部やろう」と青木は決めていました。 青木 「今でもそうなのですが、何かを始めるときは初心者向けの指南書も複数買って、一通りのことを学ぶんです。 たとえば、ネットショップ運営の『10個のコツ』があるとして、競合しそうなお店でその10個ちゃんと実践しているところが、見る限りはほとんどなかった。 どうせわからないことなのだから、僕らはその10個をしっかり守るだけでも、勝ち筋になるんじゃないかと思いました。 」 ネットショップといえど、訪れて楽しい場所にしたい。 その思いから、二人はブログ記事などの読みものコンテンツも用意しながら、開店準備を着々と進めます。 2007年9月18日20時、「北欧、暮らしの道具店」が開店。 メールアドレスを事前登録した人を含め、オープンと共に売れていく品物たち。 佐藤は当時の自分を、こんなふうにブログに残していました。 この動き出しに、もともと起業を志していた青木は、ひとつの光を見ていました。 ストックホルムへの買い付けのときから抱いていたという期待が、確信へと変わりつつありました。 青木 「初回の買いつけから『このビジネスはイケるかも』とは思っていて、そこから研究を始めたんです。 考えていたことは、主に2つ。 ビジネスの成長を阻む要因は何か。 それから『北欧』というマーケットの可能性です。 ただ、後者に関しては『絶対にいける』と当時から感じていました。 北欧はグローバル企業が多くて日本でもマーケティングを強化しており、そのメッセージ性も『洗練さ』のような感覚で高めていたので、僕らが働きかけなくてもブランド価値が向上していく見込みがあった。 クライアントがいるならば、雑誌なども定期的に北欧特集を組むでしょうから。 」 開店した2007年は、日本にとって「北欧」に触れる転換点が起きた直後でした。 2006年3月には、今でも根強いファンが多い映画「かもめ食堂」が公開。 翌月4月にはイケア船橋が開店と、「北欧」への興味は高まっていたのです。 青木 「『北欧』が定期的にリテンションされるワードだからこそ、波には乗れると思ったんです。 おそらく、インテリアの大きなテーマとして、フレンチ、ブリティッシュ、アジアに続く定番として『スカンジナビア』が今後入ってくるとしても、日本発で多店舗展開しているような企業は存在していませんでした。 つまり、ビジネス構造的には継続的な成長が見込めるのに、まだ『勝ち』が決まってない。 これは参入するポイントだなと。 」 ストックホルムで買い付けた品々は、もう底を尽きかけていました。 縁のあった北欧雑貨店主から在庫を買い取るなどの補充をしながら、お店はなんとか継続。 佐藤は2007年末に勤めていたインテリア会社を退社し、店長一本でやっていく決意を固めます。 この時代に効いた販売施策が、メルマガによる先行発売。 限定価格も提示することで、購入する前からメルマガ登録を期待できました。 先行事例である『顧客リスト』の重要性に則ったのです。 佐藤 「新商品も一気に100点近くを掲載して、そのオープン時刻をメルマガでお知らせしていたんですね。 しかも、メルマガ会員さま限定の10%オフセール。 そのセール時間を終えると、一般販売に切り替わるんです。 すると、メルマガを送ったらすぐに、リアルタイムで商品たちが売れていって。 もう私たちとしても有り難いし、ゾクゾクッとするくらいに面白かったんですよね。 」 メルマガに誘導する当時のバナー(今見ると、サイズがばらばらなのもご愛嬌…)。 自分たちが良いと思った商品を仕入れ、欲しいと思う人が買っていく。 このサイクルにすっかり魅了された二人は、販売実績をもとに、2回目の北欧買い付けへ。 前回の『半数が割れていた事件』を踏まえ、無事に日本へ持ち帰った在庫は、着実に売り上げを重ねていきました。 在庫を置くために、初めてのオフィスを構えたのもこの頃です。 最初のオフィス(2008年3月撮影)少しずつ手作りでインテリアも整えていきました。 ただ、北欧という遠い場所で買い付けることの大変さも、二人は身に染みていました。 しかし、販売実績を上げていくためには在庫が必要。 青木は以前から温めていた『仕入れモデル』を実行します。 同じような仕組みを、北欧ビンテージ商品の仕入れでも作れないかなと。 このビジネスのスケールを阻む要因は、何よりも自分たちで目利きして選び、買ってきていること。 だからこそ誰か個人の目利きに頼るのではなく、現地で買い付けができるバイヤーネットワークを作り、商品を仕入れることにしました。 まずバイヤーへ購入資金を渡し、現地で買い付けを実施。 仕入れたものが売れた場合は、粗利の一定額を報酬として渡すモデルです。 販売実績に応じて、預けるバジェットは大きくなっていきます。 最終的には8名ほどからなるネットワークになりました。 」 現行品をスタート…しかし「これではブランドが作れない」 2008年4月、オープンしてから約半年で月商100万円を突破。 それまでお店の成長にお金を使ってきましたが、初めて「クラシコム」名義の給料16万円を自分達に支払うことに。 通帳にその名前を見たときのことを、佐藤は「すごく嬉しかった」と鮮明に覚えているといいます。 時を同じくして、青木はビジネスのスケールアップを目指し、ヴィンテージに加えて、いわゆる新品を仕入れる「現行品の取り扱い」を決めました。 青木 「僕のマインドとしては、良いものをみなさんに紹介するだけでなく、やっぱり産業を興したかったんです。 自分の仮説をテンポよく実行して、もし失敗しても……まだ、何ということもない。 当時は社長たちが給料16万円の小さな会社なわけですからね。 」 ここで二人は勝負に出ます。 日本政策金融公庫から資金を借り入れ、再び給料をストップし、在庫を置くオフィスも拡大移転。 さらに、アルバイトを2人採用しました。 2つ目のオフィス。 在庫を置くために広めの場所への引っ越しです。 席も増えて少し会社らしくなってきました。 ところが、これまでオークションサイトなどの先行例があったヴィンテージと異なり、現行品は価格も含めて売るノウハウを持ち合わせていません。 そこで取り扱いを決めた際に、まずは一度、『北欧』という枠を取り払って商品を仕入れてみたこともありました。 日本メーカーのキッチンツールなどもラインナップに入れてみるも、どこか違和感が残りました。 佐藤 「発注書の作り方さえわからないから、一生懸命自分なりに調べて、電話をかけたりFAXを送ったり……でも、ようやく届いたものがオフィスに全部揃ったとき、『あれ?何か違うな』って感じたんです。 今になって思うのは、この商品群ではブランドが作れない。 せっかく仕入れたけれど、一旦は売らずに置いておくことにしました」 青木 「『北欧、暮らしの道具店』のキャラクターを立てていくためにも、当面は北欧に絞ろうと。 そこで次は、北欧の現行品をどこよりも揃っているお店にしよう、と佐藤にお題を出しました。 」 佐藤 「マリメッコ、イッタラ、ダンスク……あらゆる北欧のものに関しては、ここが一等地!というお店にしてほしいって言われましたね。 」 ビジネスバイブルの教えの通りに突き進む それほどに網羅性を重要視したのは、ポール・ホーケンの『ビジネスを育てる』を読んだ影響も大きかったといいます。 このスモールビジネスを成功させる秘訣を記したアメリカ発のベストセラーは、青木が「僕のビジネスに関する考えの基本はすべてここに詰まっている」と語るほど。 本書の「やるなら完璧に」と銘打たれた章に、こんな一節があります。 ベストの品を揃えよう。 地域で一番と言われるようになろう。 競合社があなたのビジネスを基準として評価されるような権威になろう。 青木 「この頃は余計な工夫やセンスを発揮しないようにする、言わば『セオリーのスタンプラリー』の時代。 自分たちよりビジネスに通じた人が言っているのだから、それを3年くらいは、ただ実行しようと。 なぜなら、自分たちが工夫しちゃうタイプだとわかっていたので。 」 佐藤 「「とにかく実直に」ってね。 でも、この頃が一番ケンカしてました。 やっぱり、工夫ができない分、つまらなかったんですよね……。 」 実行したセオリーの一つが他店舗展開。 大手ECモールに出店し、小規模な実店舗もオープン。 ただ、実店舗は仕入れの段階で『店舗がないと卸せない』という得意先があったため、慌てて作ったという裏事情もありました。 セオリーに則ってリスティング広告も開始。 佐藤はひたすら『売れるためのランディングページ』を作り続けます。 そして、青木が考えていたのはビジネスの再現性を高めること。 たとえば、作家さんの商品や季節物といった『期間限定商品』を取り扱うと、一時は大きな売り上げが作れるかもしれませんが、それを支えるオペレーションも必要になります。 しかし、オペレーションは固定費に跳ね返ってもくる。 『まずは平準化ありき』として、プロパー商品だけを調達し、平準的に売ることだけに注力したのです。 歯噛みするような日々を経て、2010年には月商1000万円の大台に。 仕事も増え、工夫も凝らせず苦しかった時期を乗り越えられたのは、お客さまの存在があったからでした。 佐藤 「ブログやメルマガといったコンテンツを好きでいてくれるお客さまには、本当に励まされ続けましたね。 当時はブログのコメント欄も開放していて、常連さんが好意的なコメントをくださったり。 今のSNSに比べれば、数も少なく、ライトなコミュニケーションかもしれないけれど、救われました。 あとは何より、販売すると買ってくださる方がいる、という事実は大きかったです。 」 お客さまとのふれあいで、今でも「楽しかった!」と目を輝かせるのが、2008年11月に行ったイベント「クラシコムの蚤の市」でした。 オフィスにお客さまを招き、店内いっぱいにヴィンテージ商品を並べて、交流しながら販売したのです。 佐藤 「あれは楽しかったです。 朝、お客さまが外まで並んでくださっていて。 その様子を、当時3階にあったオフィスの窓から見たときは感動しました。 Ustreamで中継もしたら、海外から見てくださる方もいたりして。 」 青木 「すごく自信になったよね。 ただ、狙いは他にもあって。 採用したアルバイトスタッフに何を教えていいかもわからなかったから、まずは『わー!』っと仕事を作ってみて、達成感を持ってもらいたかったんです。 」 佐藤 「蚤の市の時だけは、青木さんから『工夫』を止められなかったんですよね。 久しぶりに『ワクワク』だけでやり切れたなって。 あぁ、今、あのイベントに行ったら楽しいだろうな。 お宝満載のビンテージだけを、たくさん見て買える場所……今なら私も並ぶかも(笑)。 」 妹に本心からの「おめでとう!」を言うために 2009年も堅調に運営を続け、社員も採用。 現在も良きパートナーである倉庫との契約も進め、2009年末には出荷業務の外注化を実施します。 それと同時に、制作を考えていたバイイングシステムの実装も行われることに。 きっかけは、佐藤の妊娠でした。 青木 「妹の妊娠は、一緒にこのビジネスを始めるときから考えてはいました。 彼女が『子どもができたよ』と伝えてくれたときに、本心から『おめでとう!』と返してあげられるように、準備をしておかなければと思っていました。 一時期、自分たちの給料をなくしても人を雇い入れたのも、妹がいなくても仕入れができるようにシステムを作るのも、とにかく『チームにしておかなければ』と考えていたんです。 産休中でも新しいことを始めなければ、なんとか待っていられるくらいの軌道には乗せられていました。 」 佐藤 「最初から『残業しない』仕組みにしたのも、私にライフイベントがあっても責任ある仕事を続けられるように、という考えあってのこと。 兄が先手を打って、それらの仕組みを会社の文化として整えてくれるのは、私も感じていました。 」 2010年末には産休に入った佐藤。 この頃の気持ちは今でも忘れないと言います。 佐藤 「出産後に過ごしていた実家から国立に戻ってきて1週間ほどしたら、兄から電話がかかってきて。 『そろそろ子どもと二人きりだとさみしいだろう?会社来ても良いんだからな』って。 本当はさみしくて、でも『休まなきゃ!』と思ったり、自分の会社なのについて行けなくなるのが怖かったりして、言い出せなかったんです。 『だっこひもの使い方がわからない』と慌てる私に、兄が家まで迎えに来てくれました。 コートを着て、オフィスへ行ったら、みんなが『店長!』って声をかけてくれて。 自分の会社なのに、どこか心にあった遠慮が取れました。 そこからは、ほぼ週に何回か散歩がてら会社に顔を出し、みんなに差し入れがてらコミュニケーションを取って……としていたから、育休後もうまく復帰できました。 そのときの恩は強く覚えているから、今の社員にもそういうことをしてあげたいなって思うんです。 まるで『浦島太郎』みたいになる気持ちが、わかるから。 」 この育休中に佐藤はひとりじっくりと、新たな読みもの企画のアイデアを温めていました。 その中には、今も続く人気企画「スタッフの愛用品」もあります。 振り返りの第1回はここまで。 ** 関連する当時の記事 ・最初の記事。 開店する前から、ブログは始めておりました。 「」 ・開店のお知らせ。 オープンの喜びを店長が噛み締めています。 今ではの名パートナーとなったスタッフ青木(ヨシべ)とのほっこりエピソードも。 「 ・在庫が少ないヴィンテージ商品を使ったメルマガ企画第一弾。 メルマガを登録すると、指定の時間に購入できるURLが送られてくる仕組みでした。 「」 ・メルマガも回を重ね、専用URLは「秘密の入り口」と名付けられ、企画名もワクワクしたものに工夫されていきました。 「」 ・佐藤、妊娠のお知らせ。 プライベートな話をきちんとさせていただけるお客様との距離の近さが嬉しいです。 「」 ・青木が佐藤の妊娠・出産に備えて行なっていたことまとめ。 現在のクラシコムの働き方の礎となっている取り組みです。

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佐藤友子 「北欧、暮らしの道具店」の店長になるまで (1/4):日経ARIA

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こんにちは!SNSやコミュニティなどを通じて、様々な企業・団体の『ファンづくり』に日々奮闘しております「沸騰ナビゲーター」こと井手 です。 僕が『ファンづくり』について、多くの学びをもたらしてくれる企業として常に動向を注目しているのが、 を運営されている クラシコムさんです。 ご存知の方も多いと思いますが、「北欧、暮らしの道具店」は 『カートボタンがついた雑誌』という考え方のもと、ECショップでありながら、 月間で約1,600万PV、約150万の訪問者(ユニークユーザー)を集めるライフスタイルメディアとして成長しています。 様々なメディアやエンタメコンテンツが溢れる現在、ほとんどの企業が自社のオウンドメディアへの集客に苦労をしているなか、この数字はスゴイですよね…。 お客様の日常の中に溶け込んでいる存在になっているわけです。 そんな「北欧、暮らしの道具店」ですが、2015年7月から 「BRAND NOTE PROGRAM」という名前で、他の企業のマーケティングをお手伝いする広告事業をスタートされました。 「大企業が広告主と称してメディアに介入してくることで、これまでに築き上げてきた世界観が崩れてしまったり、それによってファン離れが起きないだろうか…?」 そんな疑問をもっていたのですが、先日、 というイベントで、 広告事業を開始された背景や、広告事業に込めていている狙いや想いについて話を聞く機会があり、疑問に対する回答を見つけることができました。 結論から言うと、広告事業をはじめたことで、「北欧、暮らしの道具店」の世界観や、ファンとのつながりは弱まるどころか、むしろ強くなっているように感じました!そのポイントは、 クライアント企業を『広告主』と捉えるのではなく、「北欧、暮らしの道具店」の『コミュニティの仲間』として迎え入れるということです。 メディア関係者はもちろん、従来の広告手法に限界を感じているマーケターの方にも、クラシコムさんの取り組みや考え方は学ぶべきところが非常に多いと思いますので、 『クラシコムサロン』で話されていたことや、学んだことをブログにまとめてみました。 (モデレーターはクラシコムの筒井さんが務められました!)• 「北欧、暮らしの道具店」の数値状況 まずイベントの冒頭では、「北欧、暮らしの道具店」の現状について、共有がありました。 まず、『カートボタンがついた雑誌』という考え方が素敵ですよね! そして、気になる売上規模ですが…、現在は 約20億円が年間売上高とのことです。 現在、クラシコムは全体で40名程度の社員で、そのうちコンテンツを作っているスタッフはエディトリアルのチームメンバーだけでなく、MDやコミュニケーションのメンバーも仕事の半分くらいはコンテンツに時間を割いているそうで、イメージ的には20名くらいのメンバーで行っているそうです。 現在、上のスライドのように大量のコンテンツを「北欧、暮らしの道具店」では発信しています…。 すごい、量ですね…。 そして、 このボリュームの9割は社内のメンバーで内製しているそうです。 アクセス状況やSNSアカウントのフォロワー状況はコチラです。 サイト訪問頻度がスゴいですよね。 また、SNSアカウントだとInstagramのフォロワー数に目がいってしまうのですが、青木さん曰く、LINE からの流入が今は熱いそうです。 そんな多くのファンを抱える「北欧、暮らしの道具店」ですが、 Webサイトに訪問した人の中で、実際に商品をご購買いただく人のパーセンテージってどれぐらいだと思いますか? なんと 0. 4%だそうです! つまり1000人のヒトがWebサイトに訪問したら、4人しか買わないわけです。 それ以外の996人はモノを買いに来るというより、遊びに来ていただいている感じだと青木さんは言います。 毎日遊びに来る人が増えるなかで、結果、売上も増えている状態とのことです。 そして、イベントの本題である「BRAND NOTE PROGRAM」についてです。 こちらのサービスは2015年7月から開始されましたが、現在までに32社・46ブランド・144本のコンテンツを企画・制作・配信してきたとのことです。 約20億の年間売上高のうち、広告事業だけで1~2億程度の売上高を占めているそうです。 また利益率の面からみると、 営業利益の2割程度は広告事業からの利益が占めているそうで、収益性の良い事業になっているとのことです。 広告事業を始めたキッカケとは? 「『北欧、暮らしの道具店』は、1,000人の訪問者がきたら、4人しか買わないというECショップ。 であれば、残りの996人の訪問に対して、何かマネタイズできる手段はないのだろうか?」。 その問いに対する答えとして広告事業は以前から挑戦したい事業だったと青木さんは言います。 そして、 Webサイトの月間PVが1,000万PV到達というのが広告事業を始める一つの目安だったそうです。 「BRAND NOTE PROGRAM」を開始した2015年7月には、『北欧、暮らしの道具店』は月間1,000万PVという数値がだせる状態まで成長していました。 そして、広告事業をはじめると決心してからは、青木さんは入社したての高山さんと一緒に、広告ビジネスについて理解を深めるために、広告に詳しい方々や、自分たちの広告主になりそうな企業の方々に対して、ひたすら会いに行ったそうです。 約3か月間、一日3件くらいのアポを入れて回っていたそうなんですね。 スゴい、バイタリティです…!その結果、3か月目に青木さんは体調を崩されたそうです(笑) 「広告主の方々が、何に困っているのか? どうなると、嬉しいのか? 損か得かでいうと『得』なんだけど、嬉しくないことは何なのか? 損か得かでいうと『損』なんだけど、嬉しいことは何なのか?」。 つまるところ、広告主側のインサイトみたいものが、この活動を行うことで見えてきたと青木さんは言います。 また、社内のリソース状況を鑑みたうえで、「ここはできるけど、ここはできないし」といったサービスの選択肢も絞ることができたそうです。 「TVのCMは、なんであんなに値段が高いのか分かりますか?」 その答えは、TV放送局は免許事業でプレイヤーが増えない前提があり、さらに一日24時間という放送時間の制約もあるため、広告の枠が有限だから価格が高くなるということでした。 つまり、需要と供給の問題で、需要が高まっても供給に限界があるので、価格を高く設定しても、売れるということですね。 一方、Webメディアの場合、インターネットの特性上、広告枠を増やすことは可能ですが、それをやると需要と供給の関係で、価格も低減してしまうので、「北欧、暮らしの道具店」で広告事業をするのであれば、TVCM的なサービスをつくることを目指したほうが良いと指摘をされたそうです。 ECの物販事業の利益が持続的に出続けている状況にまで成長していることもあり、まずは、 「広告主の企業にとっても、『北欧、暮らしの道具店』のファンの方にとっても、喜ばれるプレミアムなコンテンツをやろう。 値段が高くても、単価に見合うサービスを、少なく提供することから始めよう」という方針が決まったそうです。 そして、当時、日本で一番高い価格設定のWeb記事広告が1企画あたり200万円くらいだったそうで、「その1. 5倍の金額でも売れる価値のあるものをつくりたい」ということで、「BRAND NOTE PROGRAM」は300万円という値段設定にしたとのことです。 「300万円の価値に見合う、僕らが提供できる広告とは、どんなものなんだろう?」というのが最初の問いになったと青木さんは言います。 結果、広告主の企業様の商品の魅力に光を当てるコンテンツ記事を前後編の2本セットで制作・配信する 「BRAND NOTE」が誕生するわけですが、企画から制作まで相当な時間と手間暇がかかるため、開始当時は月に1企業様の依頼しかお受けしていなかったそうです(現在は、月に4企業様程度の依頼を受けることが可能になったとのこと)。 「北欧、暮らしの道具店」のスタッフの皆さんの、無印良品への愛が溢れかえった記事になっています! 社内スタッフの広告事業への理解を得るために 今でこそ、「北欧、暮らしの道具店」の中で、「BRAND NOTE PROGRAM」はスタッフの皆さんに価値ある取り組みとして理解されていますが、 立ち上げ当初は、社内から、広告事業を実施する事に対して、大きな不安があったそうです。 「広告主の企業の意向が『北欧、暮らしの道具店』に入ってきてしまうのはではないか?」 「広告的なコンテンツを掲載することで、読者から嫌われてしまわないだろうか?」 こういった不安の種に対して、青木さんや『北欧、暮らしの道具店』の店長の佐藤さんがスタッフの方々に丁寧に広告事業を取り組む価値を伝えてくれたのが大きかったと高山さんは言います。 青木さん達が、広告事業に取り組む価値を社内に伝える際に、特に意識してお話しされたポイントは 『収益性』ということについてです。 「Webメディアの品質問題が昨今取りざたされている訳ですが、その構造の根本にあるのは、収益性の問題だと思っています。 紙の雑誌が素晴らしいクリエイティビティを発揮できたのは、ビジネスとしての収益性の高さが、コンテンツに対して多くのコストや時間をかけることができたからです。 つまり、 『収益性』と『メディアの品質』は、密接に関わっていることが明らかなわけです」と青木さん。 「例えば、Webメディアを運用系の広告だけでマネタイズしようとすると、1PVあたりの利益を0. 5円に高めるのは非常に難しいです。 仮に月間1,000万PVがあったとしても、月間500万円の売上をたてるのは難しい。 だけど、『北欧、暮らしの道具店』の場合、月間1,600万PVの現状で、年間2億くらいの広告売上を稼げています。 こうしてみると、『北欧、暮らしの道具店』をメディアとしてとらえた場合、とんでもなく収益性の高いメディアであることがわかりますね…。 「そして、収益性が高まったことにより、コンテンツ制作に関わるスタッフを社員として雇用して、質の高いコンテンツが提供できる体制がつくれるし、コンテンツ制作を外部のフリーランスの方に依頼する場合でも、相当のレベルがある方々に、その方々が他からもらっているよりも高い金額でお願いすることができる。 そうすることで、メディアの品質が良くなっていく。 この記事の中でも『収益性』について言及されていますね。 世界観を損なわずに、広告事業を推進するために そして、「『北欧、暮らしの道具店』の世界観を損なわずに、どのように広告主企業からの依頼に対応していくのか?」という話に移っていきます。 「そもそも、『北欧、暮らしの道具店』の創業当初は、北欧のヴィンテージ食器を取り扱っていた専門店で、中古品だけを取り扱っていました。 そこからヴィンテージと一緒に北欧の新しいものを売っていくなかで、北欧と関係ない、僕らが好きなモノを売るようになりました。 オリジナル商品をつくったり、アパレルをやったり、お菓子を売ったり、つくった食べ物を売ったり。 そういった具合に、『1年半に1回、業態を変えてきているのではないか?』と思うくらい商売の中身をどんどん変えてきています」 「正直、ヴィンテージ商品のような中古品だけでなく、新品の商品を売りだすときは、なかなかのジャンプでした。 古き良きものを求めているお客様に、今作られているものを売るという事なので、お店の世界観が壊れてしまうのではないかと周囲から懸念されました。 」 「その時に、 お客様に私たちの考えを理解していただくために、『いま、ほしいもの』というコピーを作りました。 『いつ、作られたか?』が重要ではなくて、『いま、ほしいもの』を提供していきたいと。 『いま、ほしいもの』に関しては、古いものもあれば、新しいモノもありますよねと。 これからは『いま、ほしいもの』をご紹介しますというようなことをお客様に丁寧にご説明しました。 本当に丁寧に、丁寧に想いを届けようとしている姿勢が伝わってきます…! 「このような流れの中で、『北欧、暮らしの道具店』の世界観を醸成するにあたり、何かに一貫性を置こうとした時に、『何を売るか?』という売り物に一貫性を求めるとしたら、市場の変化だとか、成長の機会に柔軟に対応することが非常に難しいと思ったんですね。 」という設問のフリーアンサーで記入する欄があるのですが、毎回、数百件のコメントが届くとのことです。 そのコメントの内容を毎回読んでいるそうですが、ネガティブなコメントが、ほとんどなく、むしろ、「BRAND NOTEを毎回楽しみにしています」といったコメントが多いようで、自分たちのスタンスを崩さずに実施することで「お客様からも喜ばれている」と実感することができているそうです。 『BRAND NOTE PROGRAM』に込めている想い 「BRAND NOTE PROGRAM」を行う中で、特に意識していることについて、会場にいらっしゃった「北欧、暮らしの道具店」の佐藤店長からもお話を伺うことができました。 「 『北欧、暮らしの道具店』で提供している読み物全体をディレクションしていくにあたり、 『これは広告だから』とか、『これは広告じゃないから』といった風に、線を持って接することはできるだけ避けるようにしています」 「私達が目指していることは、『自分らしく、よりよく生きたい』と思っている方が、私達の読み物を読んでいただいた時に、『いい時間をありがとう』と思ってくれるような、 どこかで『ありがとう』と言っていただける読み物づくりを目指していきたいと思っています」 「そのため、広告主企業の取材対象者さんをはじめ、タイアップ企画で出演いただく料理家さん、エッセイストさんには、『北欧らしい人選だな』と思われるような方にオファーを出すことはすごく意識しています。 また、写真の創りだす世界観・空気感は、ものすごくあるので、写真のテイストが他の読み物コンテンツと広告で全く違わないようにするために、日ごろ、他のコンテンツでご一緒させていただているカメラマンさんにお願いするようにしています」 広告であろうが、通常の読み物コンテンツであろうが、編集チームをわけずに、同じスタンスで行うのが大切ということですね。 また、『ありがとう』と言っていただける読み物づくりを目指すという姿勢が、とても素敵だと思いました。 また、『北欧、暮らしの道具店』では 、 「『BRAND NOTE』の記事が、全ての読み物の中で一番おもしろくなるようにしよう」ということが合言葉になっているそうです。 お金を稼ぐためにというスタンスではなく、「これが一番コストがかけられるから、一番おもしろくなるはずだよね」というマインドセットでスタッフが臨めるように、青木さん達経営側では、通常の記事コンテンツと比べて、倍くらいの時間をスタッフに与えるし、コストも多く使えるような状態を意識的に作っているとのことです。 そういう意味でも、 「『BRAND NOTE』の記事があるから、『北欧、暮らしの道具店』がもっとよくなった」という状況をどうつくれるかが重要だと青木さんは言います。 「伝わる、伝わらない、ということでいうと、そもそも、 人は関係性のない人の話は聞かないという、ごく当たり前の常識があると思います。 だから 聞いていただくためには、まず関係性をつくることが大切」と青木さんは言います。 例えば、突然街でナンパされるのと、日ごろ仕事で関係値ができていて、「この人の仕事の仕方って素敵だな」と思われている人と、単純にどちらに食事に誘われた時のほうが食事にいきたくなるかといえば、当然、後者ですよね? なので、正しい問いとしては、「『 どうやったら、お客さんに伝えるか?』という問いではなくて、『どうやって、関係性をつくるのか?』という問いを立てることが重要」と青木さんは言います。 いったん関係性が出来てしまえば、色んな話ができるようになります。 深い話から、くだらない話まで。 そこで、「北欧、暮らしの道具店」が広告を出す企業様に提案することとして、 企業の中の人に記事に登場していただく相談をすることが多いそうです。 なぜかというと、広告主企業のブランド担当者や開発担当者は、実は「北欧、暮らしの道具店」のお客様と、ほとんど同じ属性の方が非常に多いからだそうです。 お子さんがいらっしゃる30代半ばの女性だったり、同じような問題意識を持っていたり、自分と変わらない価値観をもっていたり。 「自分と変わらない人が企業の中にいると伝わるだけでも、話を聞こうという意識は全然変わってくる」と青木さんは言います。 このように、「お客様と関係値を作っていきましょう」と広告主企業へ伝えるため、ほとんどの広告主企業は一回で「BRAND NOTE PROGRAM」が終わることは少なくて、継続的に実施していただくことが多いそうです。 広告営業を行う際に大切にしているコンセプト そして、質疑応答では、「BRAND NOTE PROGRAM」の価値を広告主に伝えていくことの重要性を高山さんからお話しいただきました。 「BRAND NOTE PROGRAM」は一見して見ると弱みに目がいってしまうとのことです。 例えば、案件を受注してからコンテンツ記事の配信まで2カ月以上はかかってしまう。 「北欧、暮らしの道具店」から広告主企業へのリクエストも多い。 しかも、金額も高い。 だけど、弱みは強みでもあって、こういう要素があるからこそ、良いコンテンツも作れるし、価値もつくれるという話をするように心がけているとのことです。 つまり、広告主企業に自分たちの『考え方』を認識してもらうことが大切ということですね。 そのため、枠売り営業ではなく、『仲間づくり』というコンセプトで営業活動をしているとのことです。 その一環として、クラシコムサロンを開催したり、『BRAND NOTE BOOK』という冊子を作ったりと、自分たちの考え方に共感してくれる方を増やすことに注力しているとのことです。 0 「北欧、暮らしの道具店」広告ビジネス戦略の裏側』で、お話しされていた内容をお届けしましたが、いかがでしたでしょうか 僕は、「BRAND NOTE PROGRAM」というスポンサードコンテンツを通じて、 「北欧、暮らしの道具店」というコミュニティに、個人の生活者だけでなく、法人としての企業も入ってきていただくための『仲間づくり』をしているのだと理解しました。 つまり、「北欧、暮らしの道具店」が目指して生きた 『フィットする暮らし』にふさわしい仲間として、魅力ある商品をつくっている企業にコミュニティに入っていただくことで、よりビジョンに近づいているように感じたんですね。 「広告は嫌われもの」ということを耳にする機会が最近増えましたが、「北欧、暮らしの道具店」のように、 お客様と関係性を築き、その関係性の中で、新しい仲間を紹介するような形で広告をしていけば、メディア側も、広告主も、読み手であるお客様も、全員が幸せになる形が実現するということを、今回の『クラシコムサロン』で気づくことができました。 メディアの収益性を高めることはもちろんですが、「メディアの品質を高めたい」、「コミュニティの世界観を高めたい」という課題を持っている方には、クラシコムさんの取り組みは非常に学ぶことが多いのではないでしょうか? 「広告記事が全コンテンツの中で一番楽しみ!」と読み手の方々に言われるような、愛されるスポンサードコンテンツをメディアやコミュニティで作れるように、僕も考えていきたいと思います! kei4ide.

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